土用の丑の日。 名店の鰻を食す | ヒトサラ
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うなぎ 魚政
- 『うな重』は国産ものかブランド鰻の「坂東太郎」のいずれかからチョイスできる。とりわけ「坂東太郎」は、上品な脂質と旨み、柔らかさが秀逸。国産鰻は主に九州産を使用する。春から秋口にかけては浜名湖産の天然鰻も登場
- 『うな重』を注文し、程なくすると『肝わさ』と『骨せんべい』が供される。鰻が焼かれるまでの酒の肴にぴったり
- しっかりとついた焼き目が特徴の『志ら焼』。わさび醤油でも旨いが、特製の肝塩でいただくとより味わい深い
- 売り切れ次第閉店になることもあるので、夏場や土曜・日曜・祝日などは前もって予約をして訪れるのがベター
- 注文が入り次第、捌かれる鰻。串打ち、白焼き、蒸してから本焼きに入るため、多少の待ち時間は覚悟したい
注文が入り次第捌く“特注活鰻”
蕩けるような柔らかさが真骨頂ハラリと解ける柔らかさ。鰻を表現する際によく使われるフレーズだが、ここの鰻は、解ける程度ではない。皮目はパリッと焼かれ、箸を入れるといとも簡単に身が離れ、口に運べば“蕩ける”と表現したくなるほど柔らかい。その極上の食感たるや、上質なスイーツのごとし。やや固めに炊いたご飯とのコントラストがその食感を際立たせ、甘めのタレもまた鰻によく馴染んでいる。これこそ、【魚政】の商標登録「特注活鰻」の真骨頂。下町の名店の実力を如実に物語る名物だ。
その旨さの秘密といえば、“活け”にこだわった鰻の質にあるといっていい。価格により国産、ブランド鰻として知られる「坂東太郎」、天然の3種に分かれるが、いずれも注文が入り次第、捌き、白焼き、蒸し、本焼きの工程を重ねていく。それゆえ、注文からうな重が運ばれてくるまでは、少なくとも40分はかかる。旨い鰻にありつくためには辛抱の時間だ。
ただ、そんなひとときにもここではささやかな楽しみがある。それがうな重を注文すると付く「肝わさ」と「骨せんべい」。今まさに炭火の上で焼かれている鰻から取れたものだ。この2品を肴に一献楽しみ、期待に胸を膨らませながらうな重を待つ。やがて運ばれてくる極上の鰻は、そんな期待にしっかりと答えてくれるはずだ。 -
入谷鬼子母神門前のだや
- 幻の鰻と呼ばれる「共水うなぎ」を使用するうな重の最高峰『きょうすい(大)』。「共水うなぎ」は春夏秋冬の四季を模した池を2年で5回巡らせることで、清流に棲む天然鰻にもっとも近いといわれる身質を実現している
- のだや流を象徴する“万遍返し”は、手を休ませる間もなく鰻を返し続け、一切焦がすことなく焼き上げる
- 湯引きした鰻にクリームチーズと酒盗を合わせる『鰻の酒盗和え』。家元自らが多彩な料理に挑戦した逸品
- 【のだや】の屋号は50年以上の歴史があるが、表通りに再オープンしたのは2013年。家元が鰻業界を活気づける
- 1階と離れはテーブル席で、2階はラウンジ風。誰でも入りやすい店にし、鰻の魅力を幅広い世代に伝える
数々の名職人を輩出する鰻の総本山
その家元が自ら焼き場に立つ相撲界と同じように、鰻の世界にも部屋という制度がある。親方の元で技術を学んだ調理師が、やがて一人前となって各地の鰻屋に派遣されるのである。野田調理士紹介所は、その“職人部屋”のなかでも随一の名門。明治元年の創業以来、名だたる鰻の名店に職人を派遣し続けてきた。そしてここ【のだや】は、そんな名門の直営店。鰻業界の道しるべとなるべく、家元自らが焼き場に立つことを選んだのだ。
のだや流の真髄は“万遍返し”と呼ばれる焼きの技術。炭の上に乗せた鰻を、職人は一瞬たりとも手を止めることなく返し続ける。炭の火力と火の通りを見極め、全体を均一に。身側は絶対に焦がさず、皮目はしっかりと焼き上げる。そうして焼き上げられた黄金色の鰻の、なんとふくよかなことか。身はとろけるほど柔らかく、しかし皮からはしっかりと香ばしさが感じられる。タレはどちらかというとさっぱり味だが、脂の旨みが全体に行き渡り重層的な深みも備える。食感、風味、旨み、香り、どこをとっても最高峰。まさに家元の面目躍如といった逸品だ。
店頭に焼き手の名を掲げるのも、妥協なき職人の誇りから。その思いが詰まった素晴らしい技と味に、食通たちは惜しみない賞賛を寄せている。 -
はし本
- 焼き台に立つのは6代目の橋本信二氏。大学在学中から家業を手伝い、卒業と同時に店へ。入店当時は鰻の選別、割きなどを勉強するため、鰻問屋に修業に入るなど、二足のわらじを履いていた
- タレは甘さを控えた辛めの仕立て。堅すぎず柔らかすぎない、蒸し加減、焼き加減も絶妙な『鰻重(上)』
- 肝ならではのほんのりとした苦味と炭の芳しい香りが楽しめる『肝焼き』。日本酒とともにどうぞ
- 建物は昭和49年築の風情ある佇まい。1階にはテーブル席と座敷、2階には個室もある
- 厚焼き玉子に、やや堅めに焼き上げた蒲焼きを挟んだ『う巻き』。注文は2人前から
老舗のタレに合うか否か
6代目の目利きが光る鰻創業が天保6(1835)年というから実に180年ほどの歴史がある。石切橋のたもとに佇む鰻の名店【はし本】。そんな老舗のこだわりとは一体何か。6代目の橋本信二氏に聞けば、意外な答えが返ってくる。
「誤解を恐れずに言うと、きちっと鰻が管理されていれば産地はどこでもいいんです。大切なのは、うちのタレに合うかどうか。白焼きにして脂が炭に落ちたとき、白身魚のような芳香が立つ鰻が理想ですね」
端的にいえば、“味のある鰻”こそ、橋本氏が求めるもの。代々注ぎ足されてきたやや辛めで上品なタレに鰻をどう合わせ、そのタレを活かすのか。それが老舗らしい蒲焼きの在り方であり、矜恃だと考える。
その結果行き着いたのは、1㎏2.5本というサイズの鰻。余所では珍しい大きな鰻だが、このくらいのサイズがこの店のタレにはよく合うのだ。さらにいえば、この大きさの鰻を採用するには、こんな理由もある。
「鰻の養殖は成長するまでが大変で、そこから大きく育てる分にはコストも半減するんです。この方が若干ですが価格も抑えられますし、何より鰻の資源保護にもなります」
鰻の稚魚不足が叫ばれる昨今。老舗の6代目が大切にするのは味だけでない。鰻食文化の継承にもこの老舗は力を注いでいるのかも知れない。 -
川栄
- 鰻丼の白飯の下に蒲焼きがもう一枚潜む二段重ねの『しのび(特)』。これもまた、労働者に空腹を満たしてもらいたいという思いから生まれたもの。重箱入りも選べるが、ここでは丼で豪快にかき込むのもおすすめだ
- 鰻と並ぶ名物が、ホロホロ鳥を使った料理。岩手から届く新鮮な身は、刺し身でも食べられる抜群の質と鮮度
- 伝統の技を受け継ぐ若き3代目・石井勇介氏。一匹ごとに異なる鰻を見極め適切な蒸しと焼きを判断する
- 店先では蒲焼きや焼鳥も販売。タレの焦げる香ばしい匂いに誘われてか、買い物客がひっきりなしに訪れる
- 酒は人気の『獺祭』各種から赤羽の地酒である『丸眞正宗』まで多彩。飲みきりボトルが充実している
まず蒸してから焼き上げる
独自の製法が生むふっくら食感まず素焼きにした後に蒸すことが多い関東の鰻だが、ここ【川栄】では白焼きの工程がなく、生の状態からいきなり蒸し上げる。これは昭和21年に店を開いた初代の妻が船宿の出身だったことから、やり慣れた川魚の調理法に倣ったことが始まり。以来、3代に亘って受け継がれる店の伝統だ。この製法のメリットは、火入れの工程がひとつ少ない分、身が縮まらずに柔らかく仕上がること。しかし一方で、見た目や蒸し時間だけで蒸し上がりを判断することができず、指で触れた感覚で見極める必要がある。その難易度もあってか、この技と味は【川栄】独自の個性としてひっそりと守られているのだ。
守り続ける伝統は、タレの味にも潜んでいる。かつて多くの工場が立ち並んでいた赤羽周辺。夜勤明けの労働者が疲れを癒せるようにと、しっかりと濃厚な味わいのタレとなった。たっぷりサイズのボリュームも、同様の理由から。ただ歴史を紡ぐだけではなく、そこに込められた人情味まで、この店ではしっかりと受け継がれているのである。
予約なしでは入れないほど人気店となった現在でも、店頭販売も行うスタイルは健在。混雑する客席を横目に、自転車で通りかかった主婦が、店先で蒲焼きを買っていく。そんな下町らしい光景もまた、この店を形づくる伝統なのである。 -
うなぎ 藤田 白金台店
- 炭はウバメガシから作る本物の備長炭。強い火力があるため、表面は香ばしく、中はふっくら焼き上がる。「まず、サッと焼いた後でじっくりと蒸し、今度はタレにつけて、焼きを繰り返します」と4代目。この香りが食欲をそそる
- 『うな重(山)』。きも吸、新香付き。お米は長野佐久産。身がしっかりの鰻に合わせ、水加減を控えめに炊く
- 『きもの天麩羅』。きも料理も充実。ほど良い苦味が酒のアテに最高で、定番のきも焼やきもわさなども揃う
- 職人の仕事ぶりが見られるカウンターは特等席。テーブル席ももちろんあるが、こちらも席はゆったり配置
- 8名まで使える個室も明るく、ゆったり。立地にも4代目はこだわり、閑静なプラチナ通り沿いを選択した
炭焼で香ばしく。丁寧な仕事も光る、
4代目が東京で挑む新店「浜松流とでも申しましょうか、うちはしっかりと香ばしく焼き上げるスタイルです」。物腰も柔らかく語る藤田将徳氏は4代目。初代の曾祖父は鰻の行商人で明治の頃、割烹、料亭に浜名湖産を卸していたという。
「2代目で養鰻場を営むようになり、今のような鰻専門店を始めたのが父。昭和39年のことになります」
本店は浜松だが、白金にあるこの店がオープンしたのは今年3月。東京から多く訪れていたゲストの強い要望と、百貨店の催事などへの出店から4代目が得た、確かな手応えが、今回の挑戦に繋がった。
鰻は変わらず浜名湖産が中心。歴史が育んだネットワークと経験から、年間を通して安定的に良質な鰻を確保。そうして仕入れた鰻は、地下115mから汲み上げた清らかな井戸水の中で一週間ほど、餌は与えず泥を吐かせる“活かし込み”を経るため、身はグッと引き締まっている。そこも、藤田の特徴。創業以来、継ぎ足しで使い続けるタレはさっぱりしており、口にすると、炭焼きの心地よい香りも鼻腔を抜けていくのだ。
「落ち着いてウチの鰻を召し上がって頂きたかった」と、大きくとった窓から光が射し込む開放的な店内も見事。鰻を丁寧に焼く4代目の姿が間近に見られるカウンターもあり、ここでは鰻という日本が誇る食文化を守ってきた矜持まで感じられるのだ。「鰻を大切にする心。それが私の受け継いだところ」。誇りを持って東京で勝負する、一職人に大きな拍手を送りたい。
※このページのデータは、2016年6月上旬取材時のものです。営業時間、定休日などの情報は変更されることもございますので、あらかじめご了承ください。