蟹シーズン到来! 北陸、名店の味を求めて | ヒトサラ
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石川 つば甚
- 各部屋に床の間などがあるのは、かつて旅館業も営んでいたため。細部にまで意匠が凝らされ、北前船の甲板の廃材を使った広縁、店の前身が“鍔家”だったことを物語る床の間の飾りなど、各部屋のつくりには目を見張る
- 『八寸』。この日はバイ貝、生口子、ムカゴなどが登場。雪吊りのあしらいもこの季節の金沢ならでは
- 『治部煮』。葛や片栗粉を使うのでなく、水溶き小麦粉でとろみを付けるのが、本場金沢のつくり方だとか
- 「顔を直接見ることができませんが、お客様が食べる時をイメージできることが大切」と川村料理長
- 地元金沢の酒蔵、「福光屋」でオリジナルに醸してもらった『つば甚』をはじめ、石川県内の地酒も豊富に揃う
金沢に残る由緒正しき料亭
琴線に触れる日本料理の真髄一流の料亭が点在する金沢にあって、その名はあまりに人口に膾炙している。1752年(宝暦2年)創業の【つば甚】。金沢で最古といわれる老舗料亭だ。
まず、その佇まいからして素晴らしい。犀川沿いに建つのは、築100年以上という木造建築。戦時中には一部の部屋が戦闘機の部品をつくる工場となり、戦後、GHQの配下におかれた際にはダンスホールとしても使われたという建物には、さまざまな由緒が今に語り継がれている。例えば、「月の間」にかかるのは伊藤博文直筆の書で、「風光第一樓」とこの部屋からの眺めの素晴らしさを筆にとったもの。川端康成、芥川龍之介などもこの部屋で接待を受けたともいわれている。さらに、【つば甚】で最も歴史のある部屋である「小春庵」。ここは300年以上前に松尾芭蕉が句会を開いた部屋を、現在の建物が建てられた時に移築してきたものである。
そんな歴史ある料亭ながら、料理長の川村浩司氏が大切にするのは守破離の精神だという。老舗の伝統を重んじながら、決して型だけにはまることはない。八寸にはパートブリックを添えて、季節感のひとつをフレンチの技法で演出するなど、それが実にさりげないレベルで取り入れられているのである。おもてなしにおいても、【つば甚】の精神は必ずやゲストの心に深い余韻を残すことだろう。蟹だけでない。金沢の老舗料亭はきっと心も温めてくれるはずだ。 -
石川 かなざわ玉泉邸
- 【玉泉邸】の楽しみといえば、石川県の名勝にも指定される「玉泉園」だ。本来であれば拝観料がかかるが、【玉泉邸】で食事をすれば、無料での入園も可能だ。散策すれば、店内からの眺めとはまた異なる美しさを楽しめる
- この日のごはんは、七尾産大車海老の頭と焼いた殻を出汁にあわせ炊きあげた。海老の旨みが米に染み渡る
- 『加賀レンコン蒸し』。すり下ろした蓮根で百合根を包み蒸し上げた。もっちりした食感に餡の出汁が寄り添う
- テーブル席以外にも個室を3部屋用意。もちろん、いずれの部屋からも「玉泉園」の景色が眺められる
- 修業先である金沢の名店【つる幸】では2番手まで上り詰めた片折氏。名店仕込みの技が光る
研ぎ澄まされた日本料理に
美しき庭園が彩りを添える「2年半前のオープン当時は、本当に悩んでいましたね。ソースをかけてみたり、食材の組み合わせで変化をつけたり」
料理長の片折卓矢氏が笑えば、奥様であり女将の裕美さんも「昔はいかに華やかにするかということばかり考えていた人でした」と同調する。しかし、今のこの店の料理に一切の迷いはない。当時、毎日のように自らの料理に対し自問を繰り返していた卓矢氏は、ある日「自分が一番大切にしたいものは食材だ」という原点に立ち返る。情熱をかけて栽培される地元の無農薬野菜は、その最たるものだ。生産者任せにするだけでなく、時に自らが畑に入り、野菜を栽培、収穫する。それがどんな環境でどうつくられ、どんな味がするのか? シンプルな料理は、食材と真摯に向き合ってきた片折氏だからこそ行き着いた当然の答えだった。
この日供された加賀レンコンの蒸し物は、いい例だろう。擦りおろしたレンコンで百合根を包み、蒸しあげてから、べっこう餡をかけただけの料理。加賀レンコンならではの「もっちりとした食感と独特の甘さだけにフォーカスしたかった」のだという。
「極端ですが、いい食材があって、丹念にひいた出汁、そこに少しの和の仕事が入ればいい。食材の良さ、魅力を引き出すにはそれで十分です」
ゲストの視覚を満たすのは、必ずしも料理である必要はない。窓の外に広がる美しき庭園。そう、ここでは、石川県指定の名勝「玉泉園」の景観を料理とともに楽しめるのだから。 -
富山 日本料理 山崎
- 『本ズワイ蟹真丈』。「一度湯通しして霜降りにした後、今日の身質を見て、炙りにしました」。レシピは決めておらず素材の状態を見て、都度最適な調理法を施す山崎氏。盛り付けなどは臨機応変に変わるという
- 『白子豆腐 白子ソース』。ホワイトソースに白子をプラスした贅沢なソースで味わう、白子豆腐
- 『はらり粉雪』。店の姿勢を現す山崎氏渾身の塩昆布がこちら。持ち帰りなどの販売もしている
- 中学卒業から料理人を志した山崎氏。東京や大阪の名店で修業を重ね、地元・富山で18年前に店を開店
- 「日本酒もやはり地元の酒を中心にラインナップしています」と山崎氏。富山の銘酒を厳選して提供
富山の豊かさを盛る
和の真髄を名店に見た派手さはない。いや、むしろ地味である。だが、ひと口味わえば、この店の真価がわかる品。それこそが『はらり粉雪』。見た目は、シンプルな塩昆布をひと口。するとじんわりと海の滋味が広がっていく。そればかりか、甲殻類の香りと味。そう、富山を代表する味覚、白海老が自然と頭に浮かんでくるではないか。酒の肴にもごはんにも、そして刺身などにも、しばしば添えられるこの店の名脇役、実に味のある逸品なのだ。
「反応が悪くても、人気がなくてもいい。これだけは私の姿勢であり、宝物だと思っています」と富山屈指の日本料理店【山崎】の店主・山崎浩治氏。かつてお客様のリクエストから挑戦した塩昆布づくり。まったくレシピが分からず、すべてをオリジナルで試行錯誤したというのだが、その熱量がすごい。完成までになんと8年、毎回の仕込みには2ヶ月を要する。北海道尾札部産の昆布を手づくりの醤油などでじっくりと炊き、味を染み込ませる。それを熟成させ、白海老でつくった塩をまぶす。実にシンプルなレシピだからこそ、素材、時間、分量など、すべてを追求するのに8年を費やした。
それこそが、『ミシュランガイド富山・石川』で唯一の三ツ星を獲得した【山崎】なのである。今回のメイン、蟹料理にしてもそう。『紅ズワイ蟹 舞茸と水菜のお浸し』では、蟹、舞茸、水菜はもちろん、蕪の新芽、長芋など、すべて旬が同じ、地の食材を一皿に盛り込む。味わえば分かる、越中富山の豊かさ。それこそが山崎氏の表現したい料理、北陸屈指の名店の矜持なのだ。 -
富山 レヴォ
- コースのはじめは挨拶代わりに、プロローグと名づけられた4~5皿ほどのアミューズでスタート。この日は黒部近辺で育てられるヤギのチーズを使ったグジェール、白海老と枝豆の冷製スープなど、富山の食材を詰め込んだ
- 『レヴォ鶏』は、生産者に特別に40日で育ててもらった鶏肉を使用。ソースに絡めたアオリイカをのせた
- この日の魚料理は『漆黒』と命名。イカの黒づくりを塗って寝かせてから熟成感を引き出した甘鯛を焼き上げた
- 「お互いの立場をリスペクトし、生産者の方々とは互いを高めていけるようになりたい」と谷口シェフ
- 料理もさることながら、神通川沿いという静かなロケーションや店内のインテリアにも注目を
レヴォ
076-467-5550 住所:富山県富山市春日56-2 リバリトリート雅樂倶内
営業:11:30~L.O.13:00/18:00~L.O.21:00
休日:水曜料理に空間に器に詰め込んだ
ありったけの富山の魅力とにかく楽しそうに、嬉しそうに話す。料理の美味しさもさることながら、この店の第一印象は、料理や食材について説明する、そんな谷口英司シェフの姿だった。
【レヴォ】の前身で、この店がまだ、フランスの三ツ星店の姉妹店【サヴール】として営業をしていた時、果たして谷口氏はこの笑顔を見せていただろうか。聞けば、【サヴール】のシェフとなったのは、フランスでの修業時代からの繋がりがあったためで、神戸から富山へと赴任してきた当初は、富山の知識はほとんどゼロ。「昔は太平洋の魚を使っていましたから」と笑いながら当時を振り返る。そして、数年経って、富山の魅力にようやく気づき始めて谷口氏は変わった。店からも見える山の上で育てられる平飼いの鶏、無農薬で栽培される野菜、違う山々からは熊や猪といったジビエ。もちろん、日本海の豊かな漁場にはとてつもなく旨い魚もある。素晴らしきかな、富山には伝統工芸も多くあり、シルクに錫…。それらが料理はもちろん、食器やカトラリー、メニュー表、インテリアに落とし込まれ、【レヴォ】の個性はつくられているのだ。
それはシェフの一方的な要望、ある種のエゴイスト的な料理や店づくりとは異なるもの。互いが理解を深め、料理人と生産者、クラフトマンが手を取り合って生まれた、ひとつの作品なのだ。【レヴォ】は旅のついでに訪れる店ではなく、旅の主役になれるレストラン。なぜなら、この店は驚くほどの富山のパワーを持ち合わせているのだから。 -
福井 開花亭sou-an
- 『蟹の焼きしゃぶ』。ズワイ蟹の身を炭で軽く炙り、その甘さを最大限に引き出した。その蟹身を、甲羅にのせて炙った蟹味噌につけて、しゃぶしゃぶ風にいただく。蟹の香り、風味、甘さが贅沢に広がる逸品
- 『セイコ蟹のコロッケ』。上里芋を裏ごししてホワイトソース、蟹身と内子とあわせた。みぞれ餡でいただく
- 日本酒は福井県内の8つの蔵元の酒をオンリスト。メニューにはない日本酒の用意もあるのでスタッフまで
- ガラス張りになり、吹き抜けになった開放的な店内。カウンター、テーブル、個室とシーンを選ばず利用できる
- 料理長の畑地氏は地元福井出身の料理人。「地場の食材を使って、豊かな福井をアピールしたい」と話す
料亭街きっての老舗が
日本料理の未来を切り拓く駅から10分ほど歩いた足羽川沿い。戦後の最盛期には20店以上が軒を連ねたという浜町の料亭街に、ひときわ目を引く建物がぽつりと立つ。ランダムに張り巡らされた格子がガラス張りになった建物を覆っている。ここはモダンアートの美術館だろうか。否、その建物こそ、明治23年創業の老舗料亭がしかける日本料理のレストラン【開花亭 sou-an】である。
「料亭はどうしても接待などのが強く、間口が狭い。日本料理の素晴らしさをもっと気軽に知ってもらえるお店にできたら」とはオーナーの開発毅氏。ガラス窓から陽光が差し込む店内は、2階まで吹き抜けになった開放感が抜群に心地いい。席について料理を味わうまでもなく、日本料理というトラディショナルで畏まった心を解きほぐしてくれる。
そこに見事に料理が助長する。料理長の畑地久満氏が仕立てるのは、【開花亭】という老舗料亭の味を確固たる礎としながらも、伝統だけにとらわれず、ほんのりと遊び心を加えた料理だ。この日の『セイコ蟹のコロッケ』にはホワイトソースを忍ばせ、柚釜蒸しは茶碗蒸しを分解、再構築して食材の味をシンプルに引き出した。空間と料理で迫る新たな世界。そこには伝統と革新、古きと新しきを繋ぐ日本料理の未来がある。
※このページのデータは、2016年11月上旬取材時のものです。営業時間、定休日などの情報は変更されることもございますので、あらかじめご了承ください。