瀬戸内のテロワールを 味わう美食店 | ヒトサラ
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ファニエンテ
- 独立時に資金がなかったため、自宅で使っていたインテリアなどを取り入れた店内。今となっては、その”自宅感”がこの店の大きな魅力なひとつに。シェフ曰く「緊張感がひとつもない店」だとか
- 『美作ジビエのサルシッチャ』。シェフ注目、県北地域のジビエを使った、イノシシ肉のソーセージ
- 『水牛のミルクのモッツァレラチーズ ミニトマトとイチゴのサラダ』。オリーブオイルと少しの塩で
- 東京と大阪での修業を経て地元・岡山へと戻り独立。今では県内一と呼び声高いイタリアンに
- 修行時代、イタリアでワイナリーを巡る旅も経験したシェフ。コース料理とともにワインのペアリングも楽しんで
ファニエンテ
090-1353-8002 住所:岡山県岡山市北区田町2-1-3 BOSCO2F
営業:18:00~(閉店は予約状況により異なる)
休日:不定休シェフも食材もゲストも自然体
寛ぎ、楽しみ、食べる喜びに浸る【ファニエンテ】を端的に表現すると、気取っていないのに、料理は抜群に美味しい。そんな言葉がしっくりする。
店があるのは岡山の繁華街。といっても、看板ひとつない、打ちっ放しコンクリートの建物の2階だ。店内はオープンキッチンのある、レストランとは思えない実に温かみのある小体な空間。シェフ、テーブル同士の距離感が絶妙で、まるでシェフの自宅でもてなされているような錯覚に陥る。その狙いはずばり何か、シェフの河本昌樹さんに尋ねると笑ってこう応える。
「9年前に始めたときに、ただ資金が少なくて。椅子もテーブルも一部は自宅で使っていたものだし、調度品も昔から自分で集めていたものなんですよ」 温かみの理由はそれだけではない、料理が実に自然体なのである。
「料理を始めたときにイタリア人と働いて、そのシェフの力の抜け方がまさに『いい加減』だった。料理の楽しさを学んだのもその時でしたから」
小さな店だからこそ、シェフに気負いがあればそれがゲストにも伝わってしまう。だから、そこは自然体に地の美味しい肉、魚、野菜を使い、奇を衒うことなく、シンプルにイタリアの料理をつくる。
「これは県北にある美作地区のイノシシ肉を使ったもの。美作のジビエはこれから注目ですよ」
そうニッコリと笑って、サーブしてくれたサルシッチャ。抜群の旨さに思わず相好を崩せば、岡山のグルマンが夜な夜なこの店に訪れる理由を知る。「その土地で手に入る食材で料理をつくる。イタリアンに限らず、それが料理の基本」と地場産にこだわりつつも、シェフは自然体を貫く。この日、料理に使った野菜は、農協より仕入れた牛窓産が中心で、ドルチェには果物王国らしく、桃やマスカットも多様。トマトは自宅の家庭菜園で自家栽培したものだとか。
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懐石料理 花お
- この日に登場した懐石料理の一部。鯛とサヨリが登場した向付は、歳時記に合わせ12ヶ月分の皿が使い分けられる。炊き物は春若芋に焼いた穴子とスナップエンドウをのせ、胡麻クリームを流した
- 店は実家の納屋を店主自らがコツコツと掃除をし、改装した。わずか10席のみながら抜群の居心地だ
- 店主のこだわりの真空管オーディオシステム。食事と会話を邪魔しないモダンジャズがBGMだ
- 「日本酒はうますぎてはダメ。料理との釣り合いが大切」という店主の信念で厳選した銘柄が揃う
- この道40年以上になる店主の尾崎哲さん。一挙手一投足にもてなしの心を込めて調理する
心づくしの料理ともてなし
店主が里山を選んだ理由正直、店へ訪れるまで、いや、料理が供されるまでどこか懐疑的になっていたとしても何ら不思議はない。何しろ店は驚くような場所にある。広島市内から車で30分ほど。車窓に広がる景色は、繁華街から住宅街へ、やがて棚田が広がる里山の原風景へと変わっていく。そうしてようやくたどり着くのは、安芸区畑賀地区に佇む一軒の民家である。納屋を改装した空間に、真空管アンプを使ったモダンジャズのBGM。そこで本当に懐石料理が出てくるのかと…。
しかし、その疑念も料理を目の前にすれば晴れる。
出される料理には、20代からお茶の世界を学んでいたという、店主・尾崎哲さんの哲学が息づく。それは、修業時代に大阪の老舗料亭【花外楼】や【かが万】で培ったものであり、40年に及ぶ料理道で築き上げたもの。歳時記に合わせた食材に、それを生かし切る料理。実にシンプルだが、尾崎さんの言葉を借りれば「食材そのものが、その美味しさを訴えかけてくる料理」を信条とする。そして、「美味しさの基準は、甘いとか、辛いとかだけではない」という考えから、もてなしの精神は隅々まで散りばめられる。
これまでに得てきた名声、ミシュランで星を取ったことからもあえてその実力は説明するまでもない。帰り際、車が見えなくなるまで頭を下げ続ける尾崎さんの姿に、真のもてなしの心を見た気がする。広島の食材にこだわるのではなく、市場へと足を運び、あくまでその日に仕入れられる最良の食材を厳選する。たとえば、春だからといって地元の山菜ではなく、東北の山菜を使うことも珍しくない。この日は広島のつくしが使われた。季節になれば、周辺に自生するつくしをとって使うこともある。
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割烹 白鷹
- 檜の一枚板のカウンターは、創業当時からの店の顔とも言える存在。その美しさが日々の丁寧な手入れを物語る。そんな空間ながら、気取らず楽しめるのも老舗割烹の懐の深さなのだろう。出張族のリピーターも全国に多くいる
- 『刺身盛り合わせ』。この日は鯛、サヨリの昆布締め、夜泣き貝が登場。山葵は広島の吉和産を使う
- 『春のおひたし』。コゴミ、ツクシ、春子シイタケなど地場の野の幸、大地の幸が爽やかなひと皿に
- 「カウンター割烹ですので、お客様のちょっとしたわがままにもしっかりとお応えできれば」と河口さん
- 屋号の由来となった『白鷹』はもちろん『賀茂鶴』『天寶一』など、広島の銘酒が揃っている
美白カウンターで心酔する
老舗割烹の確かな味ともてなし創業は昭和34年、現在3代目の河口洋平さんの祖母が始めた【白鷹】。広島の中でも、最も歴史のある割烹のひとつだ。その名の由来は大正時代に営んでいた万屋にある。
「曽祖父がその時に売っていた酒が広島の『賀茂鶴』と、灘の『白鷹』でした。祖母が店を始める時に灘の蔵まで出向き屋号をいただいたそうです」
そうして自らが始めた店。そこには特別な思いがあり、「最後はこの店で迎える」が口癖だったという。残念ながら祖母は2016年に亡くなったが、その思いは河口さんがしっかりと引き継いでいる。
たとえば、一枚板の見事な檜カウンターは、毎日手入れを怠らず、和やかな雰囲気のなかにも少しの凛々しさを生み出す。器は輪島塗の漆器や京都の焼き物など。そのほとんどが創業当時から使っているものであり、うすはりグラスのように繊細なほたる焼きのお猪口などは、今となっては手に入らないものだという。
そんな割烹らしいディテールに、正統派の料理がこれまたよく似合う。昔からの店の自慢である刺身は「他県から訪れるお客様も多いので」と地物にこだわり、『春のおひたし』と名付けた一品も、菜の花やタラの芽、百合根など10種以上の食材すべてが広島の山と大地の幸だ。そんな料理に割烹ならではの快活なもてなしが加わるのだから痛快である。
はじめて広島を訪れた人が、地の食材を気負いなく楽しむ。そんな時に、これほど頼りになる店は他にない。「広島というと牡蠣が有名ですが、瀬戸内の幸はそれだけではありません」と河口さん。たとえば、この日登場した夜泣き貝は、広島ではポピュラーな巻き貝で、コリコリとした食感が真骨頂。広島県ではないが、瀬戸内海は良質な赤ウニやムラサキウニも獲れ、【白鷹】でも周防大島産のウニをご飯にのせ提供している。
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鮨 山もと
- 江戸前の仕事を施しつつ「岡山で食べる意味のある鮨」を目指す山本さん。職人肌の性格の持ち主で口数も少ないが、内に秘めたる矜持は握り、料理のひとつひとつからしっかりと伝わってくる
- 『子鯛』は鯛とは異なり、一年を通して味が安定。軽く昆布締めにしてやさしい旨みを引き立てた
- 『細魚』は20センチ前後のサイズを厳選。塩、酢洗いを施してニ枚づけにして、煮切りをひと塗り
- 3~5月だけに登場する『米烏賊と木の芽味噌』。子持ちのイカらしく、ぎっしりと詰まった卵の食感が絶妙
- 「鮨屋らしい鮨屋でありたい」と、一枚板の木曽檜のカウンター、氷室など、ディテールにもこだわる
老舗の伝統を継承しつつ
テロワールを投影した江戸前鮨【山もと】を語るにあたって、欠かせない岡山の鮨の名店がある。【魚正】という昭和21年創業の岡山が誇る鮨の老舗だ。現在は三代目がつけ場に立つが、先代は女性の握り手だったことで知られ、江戸前の西の横綱と称されたほどの店。そんな店とどんな関係があるかといえば、【魚正】は店主・山本淳さんの実家でもあるのだ。子細があって独立したが、山本さんは15年間に及び、【魚正】で先代とともに店に立っていたという。
そんな【魚正】の特徴といえば、瀬戸内の魚にこだわった江戸前の鮨。無論、【山もと】で主役となるのも地の魚だ。そのうえで“らしさ”を挙げるとすれば、それはネタは当然、シャリにも県民性を投影した鮨であることではないだろうか。
「誤解を恐れずにいえば、瀬戸内の魚は日本海側の魚のような力強さはありません。その旨みは力強いというよりも柔らかとでもいいましょうか。岡山県人の穏やかな性格にも似ているんです」
だから、シャリも、塩のあてかた、酢加減ともにエッジを立たせない。ネタとの取り合わせもあるが、穏やかな県民性をそのシャリで表現するのだ。子鯛の握りはそのいい例だ。浅く昆布締めにした柔らかな身とまろやかなシャリ。渾然一体に口の中で溶け合うと、春が訪れたかのような口福感に満たされる。これぞ、まさにテロワールだろう。山本さんが「岡山で食べる意味のある鮨を握りたい」という真意である。蛸や穴子、鯛、サワラなど瀬戸内の特産である魚にこだわり、シャリは穏やかな岡山の県民性を投影したような角のない味に仕立てる。その意味でも、テロワールを大切にする仕事が感じられる。一方で、江戸前を信条とするため、マグロなどにもこだわり、築地から仕入れる魚や産地直送のウニなども使う。
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hiroto
- 『牡蠣のカリフラワー』。広島県竹原市の南、瀬戸内海に浮かぶ大崎上島産のストライプオイスターを使った前菜。カリフラワーのパンナコッタとエスプーマの上に生牡蠣をのせた。カリフラワーの甘さと牡蠣の旨みが絶妙に溶け合う
- 『広島牛A5イチボのロースト』。熱入れと寝かしを繰り返しじっくりと火を入れていく。赤ワインのソースで
- カウンターの目の前は清々しいまでのオープンキッチン。「包み隠すものは何もない」と言わんばかり
- 店内はローズウッドの床やウォールナットの椅子など、北欧テイストのインテリアで設えた空間だ
- シンプルな料理との相性を考え、ワインはブルゴーニュがほとんど。200種以上のワインをストック
食材選びから原点に立ち返る
広島の名店が選んだ新たな道「今は、店も自分も過渡期にあると思っています」
そう現在の率直な思いを話すのは【hiroto】のシェフ・廣戸良幸さん。そのきっかけのひとつとなったのが、鳥インフルエンザの影響によるフランス産鴨肉など、家禽類の輸入停止だった。それを機に廣戸さんは改めて食材と向き合うようになったという。いいものを使いたい、そして食べてほしい。そのためには、やはり自分の足で稼ぐしかないという想いに至る。生産者のもとを訪れては話を聞き、時に自らの料理の哲学を知ってもらっては、お互い密な関係を築いていく。
「先日も、どうしても店で使いたい鴨肉があって、鹿児島まで飛んできました」
そうして仕入れるようになった食材のひとつが瀬戸内海に浮かぶ大崎上島産の牡蠣である。この牡蠣は、ストライプオイスターと呼ばれる広島牡蠣の原生種で、塩田跡の池で一度も海に出ることなく養殖される。海水による強い塩味はないが、クセのないその濃厚な旨みに廣戸さんは惚れ込んだ。
そんな食材があるからこそ、廣戸さんの素材を大切にする信念は以前にもまして強固なものとなった。
「たまに東京の有名店に食べに行ったりするんですけれど、意外と『?』が付く店が多いんです。自分がつくりたいのは、食後感に何を食べたのか、しっかりと記憶に残る料理」
冒頭の言葉通り、確かにこの店は今までと違う道を歩んでいるのかもしれない。しかし、それは料理人として至極真っ当な道であることは間違いない。かつては地域を限らず全国から食材を集めていたが、現在は「これ!」と思った食材は生産者のもとを訪れ、信頼関係を築いたうえで仕入れるように。そのひとつがこの大崎上島産のストライプオイスター。大黒神島産の牡蠣もお気に入りの食材。地元の他にも、惚れ込んだ食材があれば県をまたいで生産者のもとへ。