北九州&下関の美食を追う 冬の関門海峡、 美味礼賛 | ヒトサラ
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照寿司
- 昼、夜ともにおまかせで2万円以上。最寄りの戸畑駅からでも歩いて20分ほどはかかる、創業50年余年の街場の寿司屋を、三代目の渡邉貴義氏が全国はおろか、海外からも多くのゲストを呼ぶ、寿司屋へと変えた
- 大分の駅館川の『天然鰻』は、備長炭で焼き、糸島の醤油の煮切りを塗り、バーガースタイルでいただく
- 豊前海でとれる『赤貝』は大きさが桁違い。ブリっとした身を噛みしめると、餌となる昆布の香りと味がする
- 大分県姫島産の『車海老』も20センチ級。食感、旨み、甘みが、熟成酢のシャリと合わさり口の中で爆発する
- 純米吟醸を中心とした、福岡、山口の極上酒が揃う。国産にこだわったワインのラインナップも見事
江戸前でも九州前でもない
唯一無二の“照前”がここに!一瞬のためらいもなくスッと差し出された手のひら。その上の握りに目を奪われれば、やがてピントはその奥へと移り、店主・渡邉貴義氏と目が合う。そして、その鋭い眼差しはこう訴えかけるのである。「【照寿司】劇場へようこそ」と。
北九州は寿司の激戦区でもある。【天寿し】などの全国にその名を轟かせる名店があり、それらは江戸前ならぬ“九州前”の握りで知られている。しかし、この店はそのどちらでもない。強いて言えば、“照前”の表現が一番しっくりとくる。
その魅力といえば、第一は素材力。とにかく、金に糸目をつけずに「買い続ける」ことで、仲買や生産者から信頼を勝ち得てきた渡邉氏。今となっては、北九州中の飲食店がこぞって羨む素材がこの店に集まってくる。放血神経締めのサワラ、20kgオーバーの巨大なクエ、マグロだって築地から大間の一級品が届く。その度肝を抜くネタを、特注の3年熟成酢を合わせたシャリで、シンプルに、時に変化球を織り混ぜて握るのだ。そして、「どうぞ撮影してください」と言わんばかりに冒頭のお決まりポーズ。これほどのネタと、これほどカメラを向けることにためらいを感じない、エンターテイメント性に溢れたカウンター寿司は唯一無二。痛快なる“照前”の握り、とくとご堪能あれ。若松産の800g超えの黒アワビ、蓋井島のムラサキウニなど、地元福岡を中心に近海で揚がる極上のネタは、他ではお目にかかれない素材ばかり。なかでも、渡邉氏も一目置くのが、藍島の放血神経締めのサワラ。腐敗のもととなる血を抜き、神経締めにするため、じっくりと寝かせ、藍島の旨みを引き出してから供する。
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レストラン高津
- 舞台となるのは、国の登録有形文化財にも指定される大正期築の建物。黒とグレーを基調としたオープンキッチンの店内は、どこか無機質な雰囲気がゆえ、料理をよりビビッドに浮かび上がらせる
- 干し柿とフォアグラをどら焼きの生地でサンド。英国産マルドン塩の食感とまろやかな塩味がアクセント
- サワラは皮目を焼き切り、オーブンに出し入れを繰り返し火入れ。春菊のソースとジャガ芋のピューレとの妙味
- シェフの高津氏。福岡の名店【ラ メゾン ドゥ ナチュール ゴウ】でスーシェフを務めた後、2017年3月に独立
- ワインは100種ほどをセレクト。産地にこだわらず、フランスを中心にニューワールド、国産も取り揃える
食材の魅力をジャンルを超越し
多角的、重層的に表現する「何料理かって? 何だろう!? う~ん…」
そして、少しの沈黙の後にシェフの高津健一氏はこう続けて笑った。
「僕の中で、何料理かという枠付けは、やっぱり重要ではありません。考えたことがないから、自分でも分からないですね」
もしかしたらフュージョンという言葉を使えば、しっくりくるかもしれない。が、それでは高津氏は腑に落ちないのだろう。
高津氏が料理をつくるうえで大切にするのは、食材のどこを味わってほしいか、何を表現したいか、である。言うなれば、それを引き出すために最短距離をはかった料理なのだ。ただし、それは「=シンプル」ではない。
アミューズの定番として出されるのは、どら焼きの形をした一品だ。ほのかにスパイスをきかせた生地で、フォアグラと干し柿をサンドしている。「これは唐戸市場でおばあちゃんが売っている、手作りの干し柿の美味しさに惚れてつくりました。脇に添えたのはオーブンで焼いた柿を緑茶でのばしたものです」と高津氏。味わえばねっちりとしたフォアグラの旨みに干し柿の素朴な甘みが重なり、洗練されていながらどこか懐かしさも感じさせる。それだけでなく、ブルーチーズをあわせ焦げる寸前までローストした白菜、黄色人参のラペとブリの燻製、そんな意外性をもった料理が、ここではコースとなってライブ感溢れるオープンキッチンから次々と繰り出されるのである。
下関の中心にありながら、知らなければ通ることもない路地。謎めいたロケーションで待ち受ける驚きの料理の数々は、下関へとやってくる価値を教えてくれた。毎日仕入れに行くのが地元の市場である唐戸市場。が、「アカイカやアコウダイなどは美味しいけれど、魚は地物に限定すると、料理の選択肢が狭くなってしまう」との理由から産地にはこだわらない。修業時代からよく使うサワラは、下関の角島産のほか、糸島産や玄界灘産を使うこともあるとか。
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日本料理 TOBIUME
- ビーツやブロッコリー、ほうれん草、シイタケなど若松産の野菜を、八方出汁のにこごりで固めてテリーヌに。添えられたパウダーは「カツオの土」といい、カツオを低温で炒って、バターなどと合わせて乾燥させてからパウダー状にした
- メインに登場したのは、生産数が少ない小倉牛のイチボ。芯温が56℃になるようじっくりと火入れを施した
- 〆は、鐘崎のムラサキウニの炊き込みご飯。繊細なウニではないが、濃厚な旨みが広がる
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100種以上が揃う店主自慢の日本酒は錚々たる顔ぶれ。
-5℃、-2℃、3℃と3つの冷蔵庫で熟成が進まぬよう保存 - 店内はゆったりとした空間ながら、厨房を田代氏ひとりで切り盛りするため、昼は8名、夜は12名までの受付
北九州料理を標榜する
地方レストランの実力「今の自分の料理は日本料理というより、いうなれば北九州料理になりますかね」
そう話す【日本料理 TOBIUME】の店主、田代晃司氏は、つい数年前まで仕入れの中心を地元以外においていた。築地から仕入れ、日本海に旨い魚介があると聞けば金沢からも魚を集め、全国各地の美味を追っていた。それが厨房をひとりで切り盛りするようになり、客数を減らし、料理とより向き合う時間が増え、徐々に考えが変わった。「自分の料理とは? ここで料理をつくる意味とは?」すると、田代氏の目先は自然と地元の食材に向くようになった。
「海老芋に濃縮トマト、大葉春菊……。今はほとんどの食材が地場産でまかなっています。ここらへんは、普通の野菜が抜群に美味しいんです」 そんな言葉を象徴するように、この店のコースは幕をあける。野菜の皮や切れ端を水だけで煮出したスープの、得もいわれぬ旨みと甘み。大地の恵みが、田代氏の言葉を代弁するかのようだ。
無論、北九州にはとびきりの食材がある。鐘崎の極上のアワビは若松産のしいたけとともに出汁を取り地元のカチョカバロチーズとあわせリゾットに。サワラは火入れに神経を注いでレア状態にシンプルに焼き上げ、地元であがったウミウナギはしっかりと焼き切って濃厚なタレと合わせる。寄り添うのは、日本全国から集める素晴らしき日本酒とワイン。「お酒が一滴も飲めないんです」という田代氏のコレクションとは思えぬラインナップに、ゲストはまた歓喜するのだ。「地元の一番いいものを使いたいし、地元の一番を味わってほしい」と田代氏。魚は芦屋の港の漁師などから直接仕入れるほか、藍島のサワラや門司の甘鯛、豊前のひとつぶガキやワタリガニ、山口のヒラメなどがお気に入り。野菜も地元生産者から直接買い付けることが多い。
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寿司 あさ海
- 先代から約50年続いた寿司店【千蔵】の暖簾をおろした浅海潔一氏。約束された順風満帆な未来を投げ捨て、小倉で【あさ海】を構えた。ひとつの握りで魚の多彩な味わいを表現したいと、「1+1が3にも5にもなる寿司」を標榜する
- 藍島のサワラは、上が背身で、下が腹身の部分。異なる部位をひとつの握りに。上には塩麹をのせた
- 行橋産の旬の松川エビは、同じ甲殻類としてワタリガニのほぐし身とカニ味噌、真子をのせてあさ海流鯱握りに
- 角島産の本ガツオは軽く炙って香ばしさを出してから、キャビアをイメージしてマスタードをあしらった
- 小倉駅のほど近く、魚町に構えた店。カウンターわずか5席だけの、浅海氏の新しき小さな城だ
王道ではないが創作でもない
魚の多彩な魅力を握りに込めるヒラメなら、握りの上に炙ったえんがわと肝をのせ、身に脂がのっているとみるや、ワサビでなく赤おろしを忍ばせる。極上のサワラならサッと炙って甘みを引き出した腹身と背身を合わせて握り、その上に塩麹をのせて供する。
「そんなの邪道だ」「もはや創作寿司だ」
【あさ海】の寿司に対してそんな声があがることもある。しかし、店主・浅海潔一氏にすれば、それは百も承知。むしろ、その握りからは、寿司屋にしてマグロを扱わないというスタイルで、自らの寿司道を突き進まんとする決意が込められている。
「タイを昆布締めにして握っただけでも、それはそれで間違いなく美味しい。けれど、タイの美味しさは、その切り身だけではありません。サンマの塩焼きが身と内臓を一緒に味わって美味しいように、そんな寿司を握りたいんです」
つまり、【あさ海】の寿司の魅力は、その魚のいろんな美味しさをひとつの握りに落とし込むことにある。
名店を食べ歩いて、「自分もいつかは」と薫陶を受けた若かりし頃。50歳を手前にして小倉への移転を決意し、父の時代から50年近く続いた門司の店を畳んでまで開いた【あさ海】。2017年11月にオープンしてからまだ、3ヶ月ほど。カウンター5席だけの新たな挑戦は、まだ始まったばかりだ。魚は基本的に藍島の漁師や旦過市場、地元の鮮魚店から仕入れ。自らの店を構える際、福岡市と悩んだが、決め手となったのは小倉に馴染みの鮮魚店があったから。藍島のサワラ、鐘崎のヒラメ、中津のタイラギ貝、行橋の青ナマコなど、地の食材で勝負する。
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ふく処 さかい
- 透き通るように薄く引いた身を、菊の花のように美しく盛り付けたフグの刺身。トラフグをさばいて柵取りした後、2日ほど寝かせて余分な水分を抜くと同時に、旨みを凝縮させている。ナツダイダイを搾った特製ポン酢でいただく
- 片栗粉をまぶして揚げただけの『唐揚げ』だが、これが美味。口やカマの半身、のどの部位などを味わえる
- 築約60年の建物の燻し銀の雰囲気。本業が卸しのため、1組4名以上で5日前までの完全予約制
- 『中島屋』『雁木』『貴』など、地元山口の地酒を10種ほど取り揃える。300mlの飲みきりサイズが嬉しい
- 鍋は『白子』からスタート。火にかけすぎると溶けてしまうため、砂時計で時間を図り、食べごろを見極める
フグ文化の普及に尽力する
老舗フグ問屋の矜持フグは淡白な味わいだからこそ、食材が命。しかし、作り手次第ではその味はさらに磨きがかかることも事実である。そう思わせてくれるのが、ここ【ふく処 さかい】だ。
「フグで一番大切にしているのは、熟成の期間。それをどの状態でお出しするかで、各店の『味』になっていくんです」と、女将の酒井由美子氏。この店の歴史を知るとその言葉もグッと深みを増す。
というのも、ここは創業80余年の老舗フグ問屋。下関の郷土民芸品として知られる“ふくちょうちん”発祥の店であり、「フグの食文化をもっと広く知ってほしい」との思いで、問屋の2階で店を始めた。そんな店だからこそ、フグに関してはどの店よりも熟知している自負もある。
こだわったのは採算度外視ともいえる価格と味。酒井氏は「もちろん、質は違いますが大阪では、てっちりなどが日常的に食べられているのに、産地である下関にその習慣はありません。地元で消費してもらってこそ、フグの文化だと思っています」とも話す。
フグは、天然、養殖ともにトラブグ。捌いてから2日間ほど寝かせて旨みを引き出した味は、これぞトラフグの妙味と唸らせる。
「以前より値上がりはしましたが、始めた時は、刺身、鍋、雑炊で5000円でした。これで儲けようなんて考えていませんから」と笑う酒井氏。フグの食文化を広めるために邁進する。老舗フグ問屋の矜持に触れた。【ふく処 さかい】で供するフグは、天然か養殖のトラフグのみ。天然ものは、最高級品のひとつであり、周防灘や豊後水道の内海ものをはじめ、対馬から島根沖でとれた外海ものを使用。創業80年余年になる仲卸の目利きが光る。