食戟のソーマ
フレンチシェフ・四宮小次郎から学ぶ“上昇志向哲学”
天才シェフの“成り上がり”と“停滞”
今とは違うステージへ…。さらなる上のステージへ…。 信念を持ち、上へ行くことへのバイタリティを常に絶やさず、自分を鼓舞し続ける――「言うは易し行うは難し」で、これができる人間なんてほんの一握りなのかもしれません。 一方、“上昇すること”をあきらめるのは簡単。 けれど、「現状維持でいい」なんて考えていて、思い通りに“現状維持すること”は簡単ではありませんよね。 ――さて、『食戟のソーマ』という作品は、実家が下町の定食屋という主人公の幸平創真が、超名門料理学校『遠月茶寮料理學園』の高等部でライバルたちと切磋琢磨しながら料理人としての腕を磨いていく物語。 ですが、今回フィーチャーするのは主人公ではなく、同作に登場するフレンチシェフ・四宮小次郎です。 メガネを掛けたシュッとしたイケメンで、よくいえば孤高の天才キャラ、悪くいえば偏屈で傲慢なドSキャラ(笑)。初登場時に「お洒落は必要だ。作る人間がダサいと料理に色気が無くなるからな」なんてキザったらしいセリフを涼しい顔でいっちゃうようなタイプの人間でもあります。 『遠月茶寮料理學園』のOBである四宮小次郎は、現在29歳(推定)という若さでフランスはパリで自身のフランス料理店『SHINO'S』を持つ凄腕シェフ。高校卒業後に単身フランスに渡り、6年間の修行を経て『SHINO'S』をオープンさせ、フランス料理に多大なる貢献をしたシェフに贈られる『プルスポール勲章』(同作内の架空の勲章)を日本人で初めて受賞するという快挙を成し遂げています。 そして彼は“レギュム(野菜)の魔術師”という異名を持っているのですが、それは肉料理にスポットが当たりがちだったフランス料理界において、野菜を重用した数々の料理で高い評価を得ているから。 つまり、何の実績もない東洋人というメインストリームから遠く離れた存在である男が、野菜メインの料理というメインストリームからこれまた離れたジャンルで、フランス料理の本場中の本場・パリで認められているというわけです! もしかしたら、マンガに出てくる天才キャラなんてそんなもんでしょ…とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんね。 けれど、彼が『プルスポール勲章』を受賞するまでの道のりが平坦ではなかったのはもちろんのこと、実は現在(作中初登場時)も密かな苦悩を抱えていました。 一言でいうなら、“停滞”。
“フランスで戦う日本人”と“男社会で戦う女性”の符合
四宮は、もともとプライドは高く口も悪い性格でしたが、実は心根は優しい男でした。 そもそもフレンチシェフを目指したのも、裕福ではなかった子供時代に一度だけ食べに行ったフランス料理店で母親の笑顔を見て、自分がフレンチシェフになれば母親をいつでも笑顔にしてあげられる、と思ったからなんです。 しかし、その実力で日本人でありながら若くして成功をおさめたために、仲間であるはずのフランス人従業員たちから頻繁に嫌がらせを受け、それとともに彼の店の評判や経営は徐々に悪化していたのでした。 スタッフやお客様といった周囲の人間を信じられなくなり、はからずも孤高の存在となっていってしまった彼の料理は、凄腕でありながらももしかするとある種の“輝き”がなくなっていたのかもしれません。 フランスに渡り、必死で駆け上がっていった。天才的な料理センスと高いモチベーションで、飛躍し続けていった。…が、いつしか見えない壁にぶつかり、伸び悩んでいたわけですね。 そんな四宮、主人公の幸平創真の女友達である田所恵と料理勝負をすることになります。料理の味や完成度では田所を圧倒するものの、田所の料理に込められた温かさや愛情に気付き、今の自分自身に必要なものを思い知らされるのです…! 後輩である幸平や田所の料理に対する姿勢に刺激を受けた四宮は、『SHINO'S』を三ツ星レストランにするという新たな目標を掲げ、再びフランス料理界の頂を目指し、駆け上がり始めるのでした。 ――“上昇”しようとガムシャラにがんばっていても、“停滞”してしまう時期はありますよね。 近年、経済不況などもあり“現状維持”がポジティブな表現で使われることもありますが、“現状維持”を目指していいのでしょうか? “現状維持”することが悪いことだといいたいのではありません。ただ、「現状維持を目指す」ことで“現状維持”できるほど、今の世の中、甘くないんじゃないでしょうか? “現状維持”と“停滞”はニアイコールですよね。 四宮のような天才が常に上を向いて努力していても、“現状維持”さえもままならないことがあるんです。 “現状維持”することって、けっこう簡単なことと思われがちですが、決してそうではないはず。 …さて、日本人だてらにパリでフランス料理の三ツ星を目指す四宮は、女だてらに男社会のビジネスシーンで上を目指す女性たちに符合することもあると思いません? 四宮は“上”を見続けるあまり、自分の足元にある“母親を笑顔にしたい”という原点を忘れてしまっていたのかも…。 みなさんはどうでしょうか? さらなる上のステージを目指すのであれば、“上”を見続けるだけでなく、ときに自分の原点を振り返ることも大事なのかもしれませんよ。