土づくりから野菜を育てる「Ome Farm」

コリアンダーの花の咲く畑を案内する太田 太さんと、自然の美しさに感激する境 哲也シェフ

 食のセレクトショップ【DEAN & DELUCA】のデリやカフェから、レストランまで、傘下のすべての店の料理を統括する、エグゼクティブシェフの境 哲也さん。常によりよい素材や農家との出会いを求めて、積極的にアンテナを張り巡らせている。そんな中で紹介されたのが、「Ome Farm」代表の太田 太さんだった。「Ome Farm」では、たい肥をすきこむ土づくりからすべて自分たちで行い、自家採取した種を含む固定種と呼ばれる種を用いて、完全無農薬で野菜を育てている。「太田さんの真摯な取り組みを知り、畑をこの目でみたいと思うようになりました。いい野菜に出会えれば、すぐにでも使いたいですね」と、境シェフは期待を募らせる。

(左)緑が鮮やかな芯取菜。口に含むと葉の柔らかさと甘さに驚く(右)紫玉ねぎの葉玉ねぎ。実は甘くみずみずしく、生でも加熱してもおいしい

 「Ome Farm」を訪れた日は雲一つなく晴れわたり、境シェフの来訪を歓迎しているかのようだ。さまざまなハーブや野菜の花が咲き乱れ、時折吹く風が気持ちよい。早速、今井地区、富岡地区、小曾木地区と、3か所ある畑を太田さんに案内してもらう。3か所もあるのは、それぞれ土質も気候も異なり、適した野菜が変わってくるからだ。「Ome Farm」では、都心の飲食店でニーズがある西洋野菜を中心に、東京固有の野菜である小松菜や芯取菜などの、江戸東京野菜と呼ばれる伝統野菜も種を絶やさないようにと、積極的にその栽培に取り組んでいる。
写真左は、まさに食べ頃の芯取菜。ちぎって口に運ぶと、緑の香りとホロ苦みがあふれる。「この土地(今井地区)は葉野菜を育てるのに適しているんです。何を植えてもぐんぐん育ちますよ。ひと畝ごとに、ケール、ルッコラ、小松菜、芯取菜…と、だいたい10数種くらい植えていて、コンスタントに収穫できるように計算して種まきの時期をずらしています」と太田さん。

(上)自慢の芯取菜の畝の前で、育て方や葉の特徴などを境シェフに説明する太田さん。ちぎった葉は驚くほど瑞々しい(下)かわいらしいコリアンダーの花。花もしっかりコリアンダーの香りと味がする

 次々、ちぎっては境シェフに試食をすすめる。シェフもそれぞれの香り、食感、味の違いに、頷くことしきりだ。「コリアンダーなど、花を咲かせている理由は、種を取るためでもあるんですが、花の美味しさも知ってもらいたいと思って。野菜の花は必ず野菜の味がします。それもぎゅっと凝縮しているんです。八百屋やスーパーでは見ることのできない、植物本来の姿を見せてあげることも、農業者ができることとして、大切なんじゃないかなと思っています」と太田さん。コリアンダーの花を初めて食べたという境シェフはいたく感激していた。
 太田さんが農業を始めたのは、育つ過程での経験が大きく影響している。父親の仕事の関係で子供の頃にアメリカで暮らしたことがあり、20代では6年間留学もした。食の中心地である都市部と生産地である郊外が隣接したニューヨークでの暮らしに、本当の豊かさとは何かを肌で学んだという。

「野菜の味が濃いから、ドレッシングがいりません。天然のサラダです」と笑う太田さん

 「今回DEAN & DELUCAのシェフが畑を訪ねたい。とのお話をいただいてすごく嬉しかったというか、運命を感じました。というのも、10代の夏休み、父についてNYへ行き、何度もDEAN & DELUCAに連れていってもらったんです。『今、この町で何が流行っているか知りたかったら、アパレルショップの前に行くのではなくDEAN & DELUCAに買い物にくる人達を見ればいい』と父に言われ、衣食の感度の高いニューヨーカーが集う場所なんだ、と当時から思っていました。日本もいずれ安心安全な食への意識はより一層高まる、と考え、日本で感度の高い農業を目指すにあたり、”美味しい”と”安心安全”は大前提。アメリカで感じたものに近い環境をつくるには、自らでたい肥を作り、土を育てるところから始めるというのは、自然な選択でした」。

(左)ワイナリーやファームが広がる、ニューヨーク州ロングアイランドのモントーク。夏休みに訪れていた、ナチュラルかつ健康な生活を意識した土地 (右)両親が暮らしていた、ニューヨーク市郊外にあるマンハセット湾。自然がある暮らしへの憧憬が芽生えた原点

 太田さんが畑づくりをするためにまず始めたのが土地探し。耕作放棄地が多く、意外にも新規参入がしやすかった東京を選んだ。大消費地である23区内への近さはフードマイレージにも分がある。縁あって、青梅の無農薬の農地を紹介された。それまではゆかりのない土地であったが、名水百選にも選ばれた御岳渓流の水を農業用水として使える、野菜づくりにうってつけの場所だった。太田さんは、そんな水と緑にあふれたその豊かな土地に魅了された。

畑のすぐ横を、水量豊かな御岳渓流に支流が流れている。その水が畑に恵みをもたらす

Ome Farmの最重要ポイント、“たい肥”へのこだわり

 太田さんの畑に足を踏み入れると、土自体がふかふかなのに驚かされる。これは自家製のたい肥を丁寧にすきこむことで微生物が働き、土が柔らかくなるのだ。たい肥は「Ome Farm」のかなめだ。書物を読み、経験者のアドバイスを聞きながらも、試行錯誤して自分たちの土地に合ったたい肥を編み出した。

サラサラとした、「Ome Farm」自慢のたい肥

 「“くさくない畑”がうちの目指すところです。たい肥というとくさいものというイメージがあるかもしれませんが、本来、きちんとつくれば嫌な臭いがするはずのないものなんです。」たい肥製造所を見せてもらうと、10か所ほどに分かれた区画に、仕込んだ順にたい肥の山がおかれている。
 まず、野菜の残さなど床材となる落ち葉や籾がらを混ぜて一時処理をし、水と米ぬかを混ぜ、微生物によって発酵させる。ある程度発酵してきたら、崩しては切り返すという作業を繰り返し、数か月から1年かけて完熟させる。最終的にはさらさらの砂のような状態になっていく。途中は甘い発酵臭があるが、この時点ではまったくくさみがない。

実際に匂いを確かめる境シェフ。驚くほど臭くないので、この距離でも嗅げる

 また、「Ome Farm」では、本来の野菜の力を大切にしたいと、現在の日本の農業ではほとんど行われていない、種の自家採取も行っているのが特徴だ。お椀に入っている左がオクラの種、右が後関晩生小松菜だ。種は大切に冷蔵庫で保管されている。
「多くの農家はF1種という一代交配の改良品種を使っています。うちでは極力、野菜本来の姿であり、味の濃い、固定種や在来種を育てたい。その根本的な想いから、種の自家採取をはじめたんです。だから、この土地で育てて採った種から育つ野菜は、うちにしかない味がでます」と太田さん。

種を採取して、繰り返しその土地で植えることで、よりその風土に合った野菜になっていく

 「Ome Farm」のもう一つの特徴が、養蜂を同時に行っていることである。そもそも、なぜ、蜜蜂を育て始めたかといえば、野菜の受粉のため。働き蜂たちは、せっせと花粉をおしべからめしべへと運んでいるのだ。太田さんはできるだけ自然に野菜をならせるために、蜂による受粉を推進している。つまり無農薬農業に養蜂は大きな意味を持つ。
が、蜂を飼うメリットはそれだけではない。蜂たちはその花の蜜を利用して、どんどん、蜂蜜を作ってくれるのである。

アブラナ科である、ケールの花にとまる蜜蜂

 「Ome Farm」では、野菜はもちろん、季節ごとの蜂蜜も販売している。巣箱から取り出して、瓶詰しただけの、無濾過非加熱のピュアな蜂蜜だ。ひとさじなめさせてもらうと、優しい甘みにうっとりとなる。「今年は梅の開花が遅くて桜の開花が早かったので、梅と桜が組み合わさった貴重な蜜がとれました。蜂蜜は自然の恵みそのままなんですね。いずれは、鶏なども飼って、より理想に近い農業ができればいいなと思っています」。

(上)今回巡った畑で収穫した「Ome Farm」の野菜たち(左)巣箱には、働き蜂が集めてきた花の蜜を蜂蜜に変えるための蜂が待機している。次第に濃厚な蜂蜜へと変化する(右)シャベルを入れると畑の土はさらさらと崩れるように柔らかい

 東京都心から約1時間半の場所で、有機栽培、自然栽培でとびきり美味しい野菜を作るということは、農業に関心がなかった人たちに農業へ目を向けさせるのに、十分なインパクトがある。なんだか面白そう、カッコいいねと、農業に参入したいという若者も増えるかもしれない。太田さんが西東京で畑を営むには、そうした理由もあるのだ。「日本の農業や食への意識を少しずつでも変えていくためには、“発信する力”が必要です。農業に取り組む意義を、青梅からダイレクトに発信していきたいですね」。太田さんの言葉は力強い。

5月のOme Farmの様子

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