【レストラン・ラフィナージュ】
高良康之シェフが通う、深夜の銀座の隠れ家

日本を代表する老舗グランメゾン【銀座 レカン】の総料理長を務め上げ、昨秋、銀座5丁目に【レストラン・ラフィナージュ】を開業。新たなるステージに突入して熱い視線を注がれるフレンチの重鎮・高良康之シェフは、一日の仕事を終えると、店から歩いてほどない路地裏に隠れる一軒の店に繰り出すという。押しも押されもせぬトップシェフが鎧を脱ぎ、素になって寛ぐ店とは果たしていかなるところか。ご本人に特別に教えていただいた。

撮影= 岡本祐介(人物)、中込涼(店舗) 取材・文=甘利美緒

高良シェフが、仕事終わりに通う
銀座の”超”穴場【HAJIME】

表通りから細い路地を抜けた先、銀座というエリアのなかでも、知る人ぞ知る一画にある。

 出会いは偶然でした。僕の小学校の同級生にカジキ釣りをやるのがいて、よく彼を含めて何人かで集まって飲むんですが、あるとき彼の釣り仲間がやっていると【HAJIME】という店に連れていってもらったんです。場所は銀座6丁目の見落としそうなほど狭い路地の奥。まさかこんなところに? と驚嘆せずにはいられない正真正銘の隠れ家でした。
 

 第一印象はとにかく居心地がいい。“店は人”とよく言ったもの。まさにオーナー・南部さんのお人柄がなせる業でしょう。そして、いい人のところにはいいスタッフが集まる。マネージャーを務める滝瀬さんもじつに心温かい。お二人と話していると無条件に心が安らぎます。以来、いつの間にか自然と足が向くようになりました。僕の深夜のプライベートタイムにかかせない一軒です。
 

「“隠れ家”というより、隠れすぎちゃってる(笑)。でも、だから寛げるんですよね」と高良シェフ。 デザインを手掛けたのは、今や国内外で活躍し、日本を代表するデザイナーの森田恭通氏。東京のど真ん中でありながら、都会の喧騒を忘れさせてくれる空間だ。

深夜でも気の利いた料理を出してくれる
貴重なダイニングバー

 僕らがまかないを食べるのはディナー営業が始まる前。仕事が終わって店を出るのは大体12時過ぎですからさすがにお腹が空いている。でも、深夜にまともな料理を食べさせてくれる店は、銀座にはそうはありません。その点、【HAJIME】は重宝します。深夜はバータイムとしての営業ですが、気の利いた一品料理の数々、〆には『五島列島の五島うどん』(1050円、税別)などもあります。逆に早い時間なら日本料理の板前さんがいらっしゃるので、前菜、お椀、お造り、焼物、煮物、土鍋炊きのふっくらしたご飯などを、コースでお願いすることもできます。

高良シェフもお気に入りの『鮭とイクラのハラコ飯』3200円(税別)。食材は豊洲から厳選したものを仕入れており、旬によって具材が変わる。

 お通しから何から、とにかくいちいち気が利いているんですよ。『板わさ』に使うかまぼこもわざわざ山口の萩から取り寄せていて、頼むとそれを軽く焙ってくれる。これが素朴にしてうまい。それから、『しーちゃんのぬか漬け』もかかせません。どうやら“しーちゃん”という女性の方が漬けているらしいのですが、なんとも癒されるやさしい味です。
 

オーナー・南部さんが「魚の味わいが凝縮していて感動した」と惚れ込む山口・萩のかまぼこを使った『板わさ』650円(税別)。焙ることで風味がグッと増す。シソの実、ワサビ、生姜などと合わせながら味の変化を楽しめる。 旬の野菜を用いた定番の一品『しーちゃんのぬか漬け』650円(税別)。オーナー・南部さんのお知り合いによるお手製のものを特別にわけてもらって提供している。



 もちろんお酒のメニューも充実していて、ワイン、日本酒、焼酎、ウィスキーなどさまざまなものが揃う。とくに八海山の蔵元と懇意にされているようで、市場に出回らないようなアイテムにも出合えます。仕事が終わった後はあれこれ考えずにリラックスして楽しみたいから、選択肢が豊富だと助かりますね。」
 

「ぬか漬けもあれば、シャンパンのクリスタルもあるのが【HAJIME】の面白いところ」と高良シェフ。“お客様の要望にできるかぎり応える”というモットーのもと、お酒のリストを充実させるのはもちろん、ないものでもお客様のリクエストに応じて調達に努めてくれる。 日本酒の仕入れにはとくに力を注ぐ。なかでも「八海山」は、酒蔵とのつながりも深く、10アイテム以上をラインナップ。写真は、八海醸造の社長が認めた飲食店に限定して卸されるという「八海山 スペシャル大吟醸」90ml 1850円(税別)。

プライベートタイムはスイッチを
オフに切り替えて楽しむ

 料理人の中には、お客様と遭遇したりして気が抜けないから自分の店の周辺では飲み食いしないという方もおられるかもしれません。僕は【レカン】の時代を含めて銀座歴が長くなりましたし、実際、【HAJIME】に行くと見知ったお顔を見かけることも多々あります。でも、僕は気にしません。【HAJIME】にいるときの僕は仕事を離れて自分の中のスイッチを完全にオフにしている。だから、『あっ、どうも!』と挨拶したら、むしろその偶然を受け入れて普通に楽しんでしまいます。
 

 それも、今だからできることかもしれません。逆に若いときはそういうわけにはいかなかった。どこに食べに言っても何かしら盗んでやろうと必死で、カトラリーはどこのものを使っているんだ?とか目を皿のようにしていました。全然、楽しんでいなかったなぁ(笑)。いや、あれも駆け出しの自分にとっては楽しみだったのでしょう。

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「同業としての目線ではなく、一人の客だという感覚をもって外食をうるほうが気づくことも多い」という。

 人にはいろんなステージがある。僕は、ある程度、キャリアを重ねてきたからこそ、物事を俯瞰できるようになったし、自然体で食事を楽しめるようにもなりました。だからこその発見もある。【ラフィナージュ】をつくるとき、料理人目線でなく、お客さん目線をとことん大切にしようと思えたのも”今”の自分だから。
 

 とくに意識していませんが、肩の力を抜いて楽しむことの歓びを、僕は【HAJIME】で享受しているのかもしれませんね。(談)


 

今回のトップシェフ

 
高良康之シェフ

1967年、東京都生まれ。フランス本国での修業から帰国すると、赤坂【ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー】副料理長、日比谷【南部亭】料理長、2002年【ブラッスリー・レカン】料理長を歴任。【銀座レカン】総料理長を10年間務め上げたのち、2018年10月、自身の店【レストラン・ラフィナージュ】をオープン。

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