修業時代、鮨職人としての幅を広げるため、宮城県の酒蔵に半年間住み込み、
日本酒づくりも学んだという【匠 進吾】の高橋進吾さん。
現在も、仕事にプライベートに、多くの日本酒に触れている彼に、
“日本酒を楽しむ”というテーマに絞り、オススメのお店を教えていただきました。
「遅くまで開いていて、料理が美味しいのはもちろん、カウンターの“間”がしっかりしていて使い勝手が良い。こぢんまりとして温かい空気感があって、小料理屋のような居酒屋さんですよ、大西君のお店は」。
六本木の交差点からほど近いビルの2階にあり、九州を中心に厳選した素材でつくる酒肴とお酒でもてなす居酒屋【飯家りょう】。カウンター席に座る高橋進吾さんは、酒杯を傾けつつ、この店の魅力について語ります。鮨職人として日々つけ場にたち、カウンターでの振る舞いというものに対しては一家言をもつ高橋さんだけに、この言葉には奥がある、と感じさせる一言です。
「たとえば、お寿司屋さん仲間と来て話が盛り上がっていると、一線を引いて、様子を見ながら、良いタイミングで気の利いたつまみを出してくれる。誰と来るかで料理の内容も、提供のタイミングも調整しているのが分かる。鮨屋から見ても、ここまでカウンターのことが分かってる居酒屋さんは、そうないと思いますよ」。
元々、自分一人で目が配れる大きさで、オープンキッチンの店しか考えていなかったと【飯家りょう】の店主・大西亮佑さんは言います。
「昔、働いていた【飯家くーた】という店のオーナーに『一生、自分のペースで仕事ができると思うなよ』と言われて育ったんです。『俺らの仕事は客のペースに合わせてしかできないから』と」。
客が求めているタイミングに、合わせて仕事をすることを若い時分に叩き込まれたという大西さんの言葉に、「その教えはすごいね」と、驚いた様子の高橋さん。【飯家りょう】では、アラカルトもありますが、注文のほとんどは『おまかせ』になるそう。それはきっと、大西さんの“間”の取り方、その心地よさが、高橋さんと同じようにお客さん側にも伝わっているからではないでしょうか。
この日、高橋さんが飲んだのは、福岡県糸島市の白糸酒造が醸造する「田中六五」。旨みもありつつ、それに頼り過ぎないようなすっきりとした爽やかさも持ち合わせた純米酒
九州の名物料理『ゴマサバ』、やわらかな塩気と辛味の『自家製明太子』、ふくよかな旨みをはらむ『豚肉と白菜のやわらか煮』。ひとつひとつ、丁寧な仕事が感じられる
「次は、もうちょっとすっきりしたやつが欲しいな」と、冷酒2~3杯を軽く乾かしたあと、高橋さんは大西さんに違う銘柄をオーダー。
【飯家りょう】の日本酒のラインナップについて、大西さんに聞くと「定番酒として、僕の出身地でもある福岡のお酒を置いていますが、いつ来ても同じ銘柄ばかりの店にしたくないので、新酒や冷やおろしなど季節もののお酒も少しずつ仕入れます」とのこと。新しい日本酒があるときなどに高橋さんが来店すると、品評会のように味の意見交換をするといいます。
「この店だと、大西君はお酒の味が分かってる人だという安心感があるから、『すっきり』とか『旨みが強いの』とかざっくりのリクエストでも大丈夫。さっきの注文は、いつもの感じと同じです」。
修業時代、蔵人として酒蔵で働いた経験ももつ高橋さん。日本酒に対する造詣は深く、自身の店【匠 進吾】で出す日本酒も、ゲストに驚いてもらえるようあまり他では見かけないような銘柄を厳選しますが、その提供順についても一つのこだわりがあります。食事と同じくカウンター越しに客が飲むペースに目を配り、軽い口当たりのものから濃い味わいの銘柄へとグラデーションで展開。そうすることで味の落差は少なくなり、美味しさを損なうことなく飲み続けることができます。
「自分で飲みに行くときにも、お任せできるほうが嬉しいんですね。そうすることで、新しいお酒に出会えることも多くなりますし」。
提供する側と飲み手、双方の視点で日本酒と向き合う高橋進吾さん。そんな彼がオススメする、粋な酒肴でもてなしてくれるお店とは一体どんなお店なのか。【飯家りょう】を含め5軒、いずれ劣らぬ名店ばかりを教えていただきました。