ジャンルを越え、一流シェフとの交流を経て、
現在の創作中華のスタイルを確立した、【龍圓】の栖原一之シェフ。
中華料理を俯瞰で見つつ、つねに探究心も持ち続ける栖原シェフが、
「憧れ」「修行したかった」と語ってくれた、悶絶するほどおいしい中華料理店とは?
指折りの人気中華を並べても、両極端に位置する、栖原一之シェフの浅草【龍圓】と、鯰江真仁シェフ率いる恵比寿【MASA'S KITCHEN】。
料理のスタイルこそ異なるが、同じ農家のお米を扱うなど、シェフ同士の長きにわたる交流・情報交換があるという。
「2008年頃、イタリアンの山田宏巳シェフの紹介がきっかけで知り合ったのですが、【文琳】出身の鯰江さんは、学歴から言えば僕と正反対の“名門校卒”。鯰江さんがいらした時代の【文琳】は一世風靡したのに、【文琳】出身を偉ぶることもなく、独立して1年目にはもう【MASA’S KITCHEN】というブランドを確立していました。
いまは定休日が同じなので、営業後にこうやってお店に食べに来たり、一緒に食べ歩きをしたり」。
すかさず鯰江シェフからは、「庄内米の『はえぬき』も、休みの日に生産者の方々を訪ねる中で、栖原さんにご紹介いただいたんですよね」と、交流の深さがうかがわれる。
互いのレシピも含めて情報交換は一番多いというが、つくる料理はまったく被らないのがいいのだとか。
「鯰江さんの料理には、僕にはない“スタイリッシュさ”がある。内装はもちろん、お皿の上で表現する能力が圧倒的に高いんですよ。コースの流れでいうならば、スゴい足し引きの強弱をつけてくる。例えば、スペシャリテのフカヒレが、さまざまな調味料を使ってできあがった足し算の料理かと思えば、ニラと卵と水・塩くらいしか使ってないニラ玉が、不思議なくらい美味しかったり。でも、それだけ足し引きをつけてくるのに、憎らしいほど、滑っているメニューがないんですよね(笑)」。
スペシャリテのフカヒレ。「いろんな調味料を入れた分、美味しくなると思っている人もいますが、じつはたくさん使うほど難しい。足し引きのバランスこそ、センスが出る」と栖原シェフ
【MASA'S KITCHEN】の特等席でもある、キッチンを囲むように設えられたカウンター席に腰掛ける栖原シェフ。気心の知れたスタッフとの会話も弾んでいた
さらに栖原シェフが「憧れに近い」と話すのが、注文後に皮から作られる小籠包。【MASA’S KITCHEN】の醍醐味でもあるカウンターキッチンで、小籠包専任のスタッフが、皮を伸ばし、包み、蒸しあげるという、臨場感あふれる流れを楽しむことができる。鯰江シェフ曰く「スタッフが一人取られてしまう(笑)」ため、現在はお昼のセットメニューでのみの提供だ。
「龍圓は僕一人でやっているので、注文後に皮から小籠包を作るというのはまずできない。このスタイルを日本の個人店で始めたのは、おそらく鯰江さんが最初じゃないかな」。
まさに、カウンターキッチンでライブ感も楽しめる【MASA'S KITCHEN】と、栖原シェフが単身で一皿入魂する【龍圓】は、異なるスタイルゆえ、惹かれ合うのだろう。
「栖原さんは、生産者へ直接会いに行くところから料理まで、ゼロからすべて一人でやっていて、何事にも妥協を許さないシェフ。つねに中華以外のお店にも足を運んで勉強してらっしゃって、変化球もスゴいのですが、それは基本がしっかりしている証拠なんです。【龍圓】のピータン豆腐やチャーハンはまさにその賜物ですね」
鯰江シェフがこう語るように、二人の間には互いのリスペクトが存在している。
すべての料理に創意工夫を施す栖原シェフと、一皿ごとに足し引きの美学を設けて総合演出する鯰江シェフ。この二人のスタイルが、かつて“大皿料理”と呼ばれた中華というジャンルに革新を起こしていることは間違いなさそうだ。
さらにここからは、栖原シェフが「一度は食べて欲しい」と考える悶絶中華をさらに4軒紹介しよう。