栄養豊かな伊勢湾だからこそ育まれた、とろける食感のトロさわら

答志・和具浦・桃取と三つの漁港からなる答志島。周囲26.3km、80%が自然林で覆われたのどかな漁村だ

 鳥羽から定期連絡船で20分、伊勢湾最大の離島である答志島。ここはかつて御食国(みけつくに)とも呼ばれ、古より皇室や朝廷に海産物を中心とした食料を献上したとされるほか、伊勢神宮に神様の食事である神饌を納めていた、まさに日本の食文化に欠かせない地である。その豊かな海産物を育む答志島を囲む伊勢湾の栄養の源は木曽三川であり、そこから大量の栄養塩が流入してくる。熊野灘からは黒潮が流れ込み、浅く閉鎖的な伊勢湾はプランクトンにとっては絶好の生育環境だ。この海を見て最初に気づいたのが、蒼く透き通っているというよりは、少しグリーンがかっているということ。まさにプランクトンが豊富な証だ。地元の漁師さんに聞くところによれば、太平洋から伊勢湾に入ってきたイワシは、2日間で丸々と太るらしい。このイワシを大量に食べて、他では類を見ない脂肪分にまで育ったのが「答志島トロさわら」だ。

(左)イワシを後ろから襲うサワラ。針をつける位置が重要(右)4本の竿を張り、6ノットでトローリングしながら漁をする

 取材に訪れた答志島で、35年サワラ漁をしている井村 俊之さんの船に乗せていただいた。「答志島のサワラ漁は一本釣りと船上活締めにこだわっています。サワラは水分量が多くて身が柔らかな魚なんです。だから網などで獲ってしまうと体中に傷がついてしまう。それに足が速いからすぐに締める必要があるんです」と井村さん。漁場は伊勢湾の入り口辺りにある答志島から1時間ほど行った湾の中心あたり。丸々に太ったマイワシを開いて針を通して海に流す。こうすることで本当にイワシが泳いでいるように見えるそうだ。しばらくトローリングするとググっと竿がしなる。「そら来た! ここからが時間との勝負」。150mほどの糸を巻き上げ、サワラを船上に引き上げたらすぐに頭の急所を締めてクーラーボックスに。その間わずか十数秒のできごとだった。「身がわれやすいから、なるべく船上にも落とさないように空中で作業しないと。釣り上げたら手に持ったまますぐに脳天を締めて水氷に浸けます。水温は4度ぐらいかな。冷たくしすぎても美しく仕上がらない。即死させてあげないとボックスの中で暴れて魚体に傷がついてしまう。本当に繊細な魚なんです。スピーディになおかつ的確に処理してあげるのが何よりも肝心です」。この一連の作業を普段一人しか乗っていない、しかも動いている船の上で行っているから驚きだ。

(上)サワラがヒットしたらすぐに糸を巻き上げる(左)釣れたらすぐさまギャフで船上に引き上げる(右)最後は締めカギを使って船上活締めに

 午後、競りの時間に合わせて漁港にはどんどん漁船が戻ってくる。ここからは主に女性たちの仕事だ。水揚げされたサワラを一本一本、体重を測り、箱に入れて氷詰めしていく。そして最も驚いたことは、フィッシュアナライザーという機械を使って、定期的にサワラの脂肪含有量を計測することだ。他の海で獲れるサワラに比べて、格段に脂肪率が高いのがこの地のサワラの最大の特徴。トロのように脂がのっているからと名付けられた「答志島トロさわら」の由来もここからきている。

漁港で水揚げされるサワラ。最盛期には1日で一人100本釣り上げることもあるそう

 一本釣りされて的確に活締めされたサワラは魚体に傷がないだけでなく、美しく黒光りして背びれが立っている。取材に訪れたのはトロさわら宣言が行われるよりも1か月以上も前の8月末だったが、すでに脂肪率が10%を超えるものが多く、20%を超えるものも。その数値を見るたびに伊勢湾の豊かさに感嘆せざるを得なかった。「答志島トロさわら」の最たる特徴は、脂肪含有量を“見える化”したところだろう。3年ほど前から三重県水産研究所の協力の元、測定を行ってきた。「サワラで10%の脂肪率を超えるのは冬期の長崎ぐらい。だから初めはフィッシュアナライザーのサワラの項目で測ると測定不能と出たんです。脂肪率のデータを集めて、まずはフィッシュアナライザーにトロさわら専用の項目を作ってもらうことから始まりました。それぐらいこのトロさわらの脂肪率は特別なものなんです」と研究員の笹木 大地さん。

見るからに丸々と太った「答志島トロさわら」。背が黒光りし、背びれが立っているのが、的確に締めて鮮度が保たれている証

 脂肪率が10%を超えたあたりから、少しピンクに透明がかっていた肉質が一気に白くなってくるそうだ。獲れたてを刺し身にしていただいた。もちもちとした食感の後でとろけていく。マグロのトロのようだが、さっぱりとした後口で何枚でも食べられてしまうのが特徴だ。2、3日熟成させるともっと柔らかさと甘さが増していく。この脂肪率10%という基準を全体の80%が越え始めるのが10月。一定量が10%以上になった日にトロさわら宣言をして、「答志島トロさわら」を流通させることでブランド化にいたった。漁期を通して三重で獲れるサワラの脂肪含有量は、他地域に比べると常に高いが、ここまで脂がのってくるのはまさにこの時期にしか食べられないごちそう。口に一度入れたら忘れられないおいしさだ。

フィッシュアナライザーを背の特定場所にあてて脂肪含有量を計測。数秒で脂肪率が出てくる

“サワラの値段は岡山で決まる”と言われるほど西日本ではなじみのあるサワラ。鰆と魚偏に春と書くのは、瀬戸内で水揚げされるのが春だからだそうだ。でも足の速いサワラは西京漬けなどにして焼いて食べるのがほとんど。なかなか生で食べる機会がない。そんなサワラを答志島や鳥羽の人たちは昔から刺身やお寿司で楽しんでいた。春が旬と思われがちなサワラだが、ここ答志島では秋から冬にかけてが一番脂がのっておいしい季節。神のお墨付きをもいただいている、伊勢志摩・鳥羽の豊かな海の幸からまた、新たなブランド魚が誕生した。

(左)日の出とともに漁が始まる。「サワラは伊勢湾で獲れる魚で最も大きい。引きも強く、かかった時の竿のしなりがたまりません」と漁師の井村さん(右)集落には迷路のように細い路地が張り巡らされている。八の字は島民が八幡さんと慕う、守護神・八幡神社の印。祭りの後、各家庭で書き入れるのが島の習わし
「答志島トロさわら」の選定基準

今回、「答志島トロさわら」をブランド化するにあたり、答志島の3漁港(和具浦・答志・桃取)と隣の菅島の漁協は以下のことを掲げた。

1、フィッシュアナライザーを用いた脂肪含有量の測定値が3日間連続で平均10%を超えた時点で「トロさわら」宣言をする。
2、魚体の傷を極力減らすために1本釣りに限る。
3、船上活締めをし、すぐに水氷に浸けて鮮度保持したもの。
4、大銘柄2.1kg以上、4.7kg以下のものとする。
5、期間はトロさわら宣言を行った10月上旬から、1月中旬までとする。但し、それ以前に一定の基準を下回ったら、その時点で終了。

写真/黒岩 正和 文/楠井 祐介

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