店主が毎朝通う氷見漁港の目の前、鮮度命の町鮨「きよ水」

定置網がしかけられる氷見冲は、富山湾の北西部、能登半島の付け根から湾曲していることが、上から見るとよくわかる。

400年以上前から続く定置網漁法から生まれる“きときと”の鮨

富山でおいしい魚が揚がる場所は?と聞かれて、氷見漁港をすぐに答える人は多いだろう。実際「ひみ寒ぶり」、「氷見鰯」をはじめとしたブランド魚も多く、多種多様な魚が揚がる氷見漁港は、水揚げ量も揚がる魚種も富山随一の規模を誇る。

氷見の海は、日本海でも一番大きい外洋性内湾である富山湾の西側にあたる。氷見沖には大陸棚があり、定置網をしかけるのに適した地形が特徴だ。山からの雪解け水が流れ込むことからプランクトンが多く、藻場が広がり、産卵のために北の海から回遊してきた魚群が集まってくる。

しかも、冬は北西の風で荒れる日本海だが、能登半島で風が塞がれ冬季も含む一年中漁ができるという場所でもある。そんな好条件から氷見は昔から漁業が盛んで、漁と水産加工で栄えてきた町なのだ。

当然、住んでいる人々は昔から、地元の魚をさまざまに日常で食べてきた。鮨も、そのなかで“新鮮な魚”を食べるための調理法の一つとして親しまれてきた。

毎朝行われる氷見漁港のセリ

ここで、氷見の鮮度抜群の鮨の話をする前に、少し氷見の漁について触れておきたい。

氷見の漁といえば、2020年「日本農業遺産」にも認定された定置網が主流だ。その歴史は、“クロマグロを獲るための夏場の定置網”が1615年の文献に記されていることから、少なくとも400年以上前まで遡ることができる。

定置網とは、大陸棚に大きな網を仕掛け、回遊してきた魚が自然と入ることを待つ、いわば海に仕掛けた罠で魚を獲る漁法だ。最終的に引き上げる網の中に迷いこんで出られなくなった魚は、回遊してきた魚のおよそ3割程度だそう。そのため環境に優しい漁法として昨今特に注目を集めている漁法でもある。

実は、この定置網漁法が、氷見の魚が“きときと”である最大の理由なのだという。というのも、氷見には6ヶ所の漁港があるがいずれも定置網がしかけられるのは、岸から2〜4kmの近海。漁場までの時間は約20~30分、網を起こすのに30分~1時間程度のため、朝3時まで海のなかで泳いでいた魚が、朝6時から始まるセリに並ぶのだ。

その鮮度の良さを売りにするために、獲った後の処理の仕方も工夫されている。活魚以外は獲ったらすぐに氷詰めにして締めることを漁業者で徹底。そうすることで、より鮮度を保つのだ。

このように、“獲れたての鮮度の良さ”に矜持を持つことこそが氷見の漁師であり、その思いが氷見の料理人にも受け継がれているのだ。

セリ権を持つ店主が、目利きで選んだ魚で握る理由

「きよ水」店主・清水勇一さん

そんな氷見の鮮度のいい魚を使った鮨を食べたいならば、ぜひ訪れたいのが、市場のすぐ目の前で店を構える鮨店「きよ水」だ。店主の清水さんは、毎朝市場に行き、自分の目利きでその日に水揚げされた魚の中からネタにする魚を選んでいく。

「父の代まで魚屋だったこともあり、市場で直接競り落とせる権利を持っています。だから毎朝セリに行きますね。セリに行くのは、自分で鮨にする魚を見極めたいから。良い魚かどうかは目を見て判断しますね。あとは、お腹から下を重点的に見るかな。腹がふっくらしている魚はおいしいよね」。市場から戻ってきたばかりの清水さんは、買ってきたばかりの魚を見せてくれながらそう話す。

この日買ってきたのは、氷締めしたメジマグロ、ヒラマサ、アジ、それに活魚のヒラメに鯛などだ。

さばいたばかりのヒラメの身。この後少し塩をして、水分を抜き、旨みを凝縮していく

話をしながらも、魚を捌く手は止めない。毎朝ラジオを聴きながら、買ってきた魚をそれぞれの料理用にした処理するのが清水さんの日課だ。

「朝の3時ごろまで海で元気に泳いでいた魚が、ランチで鮨になって出てくるなんてところ、氷見以外にあまりないんじゃないかな? その鮮度の良さこそ、ここで握る鮨の武器だと思うんですよね。だから、買ってきたものは鮮度を最大限生かすようにすぐに処理をします」と清水さん。

ほら、見て、と差し出された捌いたヒラメの身を見ると、エンガワ部分がピクピクと動いている。これは神経がまだ生きている証拠だとのこと。活魚を自分で神経締めし、すぐに内臓や骨を取り出さないとこのような状態にはならないのだという。ポイントは死後硬直させずに捌くこと。死後硬直が始まった魚とそうでない魚では味わいが全然違うと教えてくれた。

地元の人にも観光客にも愛される鮨

この道28年の清水勇一さん

清水さんが鮨職人になったのは22歳の時。大学を卒業後、父が魚屋だったこともあり、氷見の魚を使って地元で鮨屋をやってみたいと思い鮨の道に進んだ。

金沢の店で5年働き、27歳のときに氷見で念願の鮨店をオープン。魚は出来るだけ目の前の氷見漁港で揚がったものを使用。酢飯の味付けや炊き加減は修行先の金沢の店のやり方を受け継いでいる。

けれど、“鮮度の良い魚に鮮度のいい米を合わせたい”と、実家が契約している農家から取り寄せたコシヒカリを、毎回営業前に使う分だけ精米するのは、清水さん流のこだわりだ。

手前から、ヒラマサ、ヒラメ、アジ。すべてこの日、氷見漁港にあがったばかりの魚だ

早速握っていただいた鮨をいただいてみる。口に含むと、見た目よりもたっぷりとしたボリューム感がある。

ネタはやや厚めに切られており、ヒラメは独特のもっちりとした食感で、酢の酸味をあまり立たせない甘めの酢飯がよく合う。ヒラマサや、アジも、ネタはやや厚めに切られ、モチモチとした食感を楽しんだ後に魚が持つ香りと旨味が口にほんのり広がった。

「きよ水」の鮨は、キリッとした酢飯で握る小股の切れ上がったような江戸前鮨の魅力とはまた違う、“魚が主役”の鮨だ。昆布締めや酢締め、寝かせるなどネタに一切の仕事はほどこさない潔い“裸の”魚そのままを、優しい酢飯がそっと支えている。包容力のある広大な海を感じるような鮨こそが個性であり、魅力だろう。

おまかせにぎり12貫(4,000円)。カウンターでは順番に、テーブル席では盛り合わせで登場。

おまかせの鮨コース12貫は、氷見漁港であがる魚以外にも、新湊の甘エビ、白エビ、バイ貝などなど富山湾のネタが並ぶ。白エビのねっとりしつつも優しい歯ごたえ、バイ貝のコリコリとした歯触りに海を思わせる磯の香り。それらのネタもやはり鮮度の良さが際立つ味わいだ。

宴会コースのメニューには蟹味噌サラダ(1,200円)などの一品料理も登場

きよ水では、地元のお客さまが8割、県外のお客さまが2割ほどだという。女性のお客さまも多く、常連の方に人気なのは、お造り、蟹味噌サラダ、鱧の柳川などの煮物、白エビのかき揚げなどの揚げ物、焼き物、4種類のお鮨がつく“寿司会席”(4,400円・要予約)。個室を予約し、記念日や、宴席などで楽しむ方が多いのだそうだ。時間がある旅人は、こちらを頼むのも良いだろう。

土地の風土や歴史が育む食文化を感じられるのが、地方の食の魅力。氷見の気候風土と歴史が育んできた町鮨は、ふらりと訪れても楽しめる気軽さもいい。ぜひカウンターに座って、店主と話ながら鮮度抜群のここにしかない鮨を楽しむために、氷見を目指してほしい。

きよ水

きよ水

きよ水

電話 0766-72-2511
住所 富山県氷見市中央町8-22
営業 11:30〜14:00、17:00〜21:00
定休 水曜、第1木曜
席数 カウンター7席、座敷35席
旅の立ち寄りスポット
氷見漁港場外市場 ひみ番屋街

氷見を訪れたら、立ち寄りたいのが、「ひみ番屋街」。市場に並んだ鮮魚が購入できる(発送可能)ほか、氷見うどんやこんか漬けなど、お土産にぴったりな地元の美味しい物が一通り揃う。氷見牛やラーメンなど軽食が食べられる店や、源泉掛け流しの天然温泉施設もあるので、少し時間をとってゆっくり楽しむのがおすすめだ。

住所:富山県氷見市北大町25−5
電話:0766-72-3400
営業:8:30〜18:00 ※店舗により異なる
定休:不定休

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撮影/志賀真人 取材・文/山路美佐

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