漁師佐々木淳さん達が育てる「恋し浜ホタテ」の肉厚で、濃密な甘み

黒潮と親潮の二つの海流が交錯することで養分たっぷりの良質な海を有する小石浜

 本州の北東部に位置し、広さ1万5275平方キロメートルと北海道に次ぎ日本で2番目の面積を有する岩手県。太平洋に面する約708キロメートルの沿岸は、三陸海岸と呼ばれ、変化に富んだ形状をなして美しい景観を見せている。沿岸南部はノコギリの歯のようなギザギザとした複雑に入り組んだ形のリアス式海岸が続いている。奥行きのある湾内は水深があり、波も穏やかであることから、多くの漁港ができ、三陸沖へ出漁する。

「恋し浜ホタテ」を生産する小石浜漁港

 三陸沖は世界三大漁場の一つとして、特に漁獲量の多い優良な漁場として知られる。栄養素をたっぷりと含んだ北から流れてくる寒流の親潮と、南から流れてくる暖流の黒潮が三陸沖でぶつかって潮境ができ、プランクトンが大量に発生する。それを餌にする小魚が集まり、さらにその小魚を食べるカツオ、サンマ、サバ、イワシ、アカイカなど、多種多様な魚が集まって良質な漁場が生まれる。

(左)いざ、養殖場へ向かう。漁港から出発しておよそ5分で到着
(右)船上は大きな揺れもなく、遊覧船に乗っているかのよう。波の穏やかさが感じ取れる

 三陸沿岸は養殖業の理想的な環境でもある。栄養たっぷりの三陸の海と、入り江の多いリアス式海岸によって湾内は一年を通して波が低くて穏やか。養殖用のイカダや仕掛けなどが流されることも少なく、安定した収穫が見込める。「海のパイナップル」と呼ばれるホヤをはじめ、カキ、アワビ、ワカメは、三陸を代表するブランドだ。
 なかでも、近年注目度が高まっているのが岩手産のホタテ。特に「恋し浜ホタテ」で知られるホタテは、希少なブランドとして全国にその名を轟かせ、入荷を待ちわびるファンが続出している。

(左)沖合にある養殖場。点々と浮き球があり、その下に養殖の仕掛けが海の中に広がっている
(右)「恋し浜ホタテ」を生産している小石浜養殖組合長の佐々木淳さん

 岩手県南部、大船渡市三陸町綾里の小石浜地区。小さな集落の目の前に広がるのは三陸海岸の越喜来湾。波穏やかな湾内ではホタテをはじめ、ワカメやカキなどの養殖漁が盛んに行われている。漁船で養殖場を案内してくれたのは、小石浜養殖組合長の佐々木淳さん。点々と沖合に浮かぶ浮き球の一つに辿り着くと、慣れた手つきでロープを巻き上げる。するとロープに吊るされたホタテが見えてきた。

(左)耳吊り式で育てているホタテを漁船から引き上げる。1本のロープで稚貝の段階では170個ある
(右)この大きさ(13センチ前後)で出荷前の状態。稚貝から約2年かかる

「うちでは耳吊りという方式で養殖をしています」
耳吊りとは、ホタテの養殖業の中で行われる作業のひとつ。ホタテの稚貝の耳の部分に穴を開けて糸を通し、ロープに結び、海に吊るす。文字通り耳に穴を空けて吊るすので、そう呼ばれている。1本のロープは20メートルほど。稚貝の段階では170個つける。このロープを全部で1200本。稚貝から出荷間際のホタテまで含めるとおよそ21万個のホタテを一人で管理している。

現在の育ち具合を見て「来年は特に良質でおいしいホタテが獲れますよ」と佐々木さん

「恋し浜ホタテ」は、かつて地名である小石浜ホタテから改名する前の1985年に、築地市場でホタテとしての最高値(当時)を記録。改名後も先人たちの教えを守り、現在も品質の維持向上を続ける、三陸の海の幸を代表する人気ブランド。生産する綾里漁協には18人の組合員が所属し、そのうちホタテ専門で養殖している漁師が佐々木さんを含めてわずか11人。少数精鋭で全国区のブランドを守り続けている。もちろん、大量生産を望む声も聞くが「浜も狭いし、人数が少なくて、これ以上の出荷は物理的に無理なんです」と苦笑する佐々木さん。
「組合全体でも年間出荷量が多い時で350トン。そのうち2割ぐらいが恋し浜ホタテとして出荷されます。他は業者に出荷して岩手県産ホタテとして扱われるので、恋し浜ホタテとして認識して食べられるのは希少になってしまいます」

この恋し浜ロゴの入った発泡スチロールの梱包が「恋し浜ホタテ」のオフィシャルの証

「恋し浜ホタテ」は綾里漁協を買い受け人とした直販でしか食べられないシステム。「恋し浜」の文字が刷られた発泡スチロールの梱包箱と、箱に『県漁連公認の安全認証シール』が貼ってあることがオフィシャルの証。「恋し浜ホタテ」を食べるには、漁協と直接取引している飲食店で注文するか、もしくは漁協に通販として取り寄せの電話注文をするしかない。今も注文や問い合わせがあり、「何か月も入荷待ちしてくれている人もいるんです」というほど、根強い人気を誇っている。

先人たちが量より質を求めて丁寧な仕事を続けた末、築地市場で最高値の評価を受ける

船上の七輪で焼いて振る舞ってもらったホタテ。採りたては格別で濃厚な味わい

「恋し浜ホタテ」がこれほどまでに愛される理由は、その味わいだ。圧倒的な分厚い身と濃厚な甘さが人々を驚きとともに魅了する。佐々木さんによると、その魅力を昔は認識していなかったという。
「魅力って、よく聞かれる質問だけど、実はよくわからないんですよね(笑)。子供のころから食べていたから、これが普通だって思っていたんです。世間の方から言われるようになって、試しに他所で食べてみたら、浜によってホタテって違うんだなって、初めて気づきました」
 子供のころから食べていた当たり前の味。それは先人たちの努力の結集によるものであると、ホタテ養殖業の二代目である佐々木さんの感慨も深い。
「親父たちの世代がひたすらコツコツとやってきたおかげです。小石浜で扱える漁場は狭いので大量生産はできません。そこで、量より質を求めて数量を制限したり、雑物を丁寧に除去したり。そうして積み重ねた結果、1985年には、築地市場で当時の最高値を記録するまで評価されたんです。私はそんな先輩たちの教えを守っているだけ」

(左)生まれて半年程度の稚貝を持つ佐々木さん。
(右)稚貝は危機管理対策として地元で収穫するケースと北海道から仕入れるケースと併用している
およそ2年をかけて13センチ前後まで成長する。右が稚貝、左が出荷前

 仕事のやりがいを聞くと「やっぱり漁師なんで、収穫したホタテがお金になることですよ」とイタズラに笑う。
「あと、イベントなどで恋し浜ホタテを出したりすると、美味しいって言われることも嬉しいなぁ。直接食べる人というか消費者の声や反応って漁師は見たことないので、わからないですからね。美味しいって喜んで、また行列に並んでくれる。シンプルな反応が心に刺さりますね」
 イベントに参加すると、「これからも、がんばるぞというモチベーションが上がる」という佐々木さん。2011年の東日本大震災の話に及ぶと「あの時も消費者との繋がりが復興の力になった」と振り返る。
「恋し浜ホタテの直販を始めたのが2003年。徐々に注文も増えていって、お礼の手紙までいただくようになったりして、嬉しかったですね。こんなに反響があるんだって。さあ、これからだと、やる気になっていたところに、あの津波がやってきた」

地震を感じた時には沖にいて、急いで陸に上がって家族のいる自宅に向かったという佐々木さん

 浜にあった作業倉庫も漁場も根こそぎ流された。漁港の船もほとんど流されたが、かろうじて佐々木さんの船は沖の養殖用ロープに引っかかってひっくり返っていた。
「それがこの船(笑)。穴も開かず沈まないで浮いていたんです。ひっくり返したら船体は無事。動力とブリッジを直したら、その年の9月には復活しました」

 震災直後、船は無事だったものの、失意に暮れる佐々木さんをはじめ、小石浜の漁師たちを元気づけたのが。直販でやりとりしていた全国のファンだった。
「激励の電話や手紙を多くいただきました。何年かかってもいいから復活したら教えて、また注文するからっていう声もありました。今振り返ってもジーンときますね。間違いなく復興の後押しになりました」
 みんなでがれきの撤去から始め、その年の10月には7割復旧し、養殖を再開したのが12月。2014年にほぼ100%に戻った。現在は震災前と変わらず、見事復興を遂げて仕事を続けている。

「恋し浜ホタテ」ファンからの声は佐々木さんのモチベーションを支える大切な要素の一つ

 コロナ禍の現在、今度は自分たちが世の中へ恩返ししたいと願う。
「市場の売れ行きが悪くなったこともありましたが、その一方で自宅待機が増えたせいか、直販の注文が増えていきました。今後も需要があがっていくと思います。その注文に対応して、できるだけお届けしていきたいです。ただ、自然相手の仕事なので、貝毒の影響などがあったり、なかなか予定通りの水揚げにはならないところはご承知置きいただきたいところですが、恋し浜ホタテを食べて少しでも元気になってもらえたら嬉しいですね。それと私たちが活発になることで、私たちの周囲、漁業全体にも良い影響があることを信じて、これからも続けていきたいです」
「恋し浜ホタテ」の水揚げに休みはなく、1年中出荷されるので、いつでも注文できる。旬は年中。春先は卵が大きい時期で、「卵ありますか」と問い合わせも多いという。詳しくは綾里漁協まで。

ホタテの網焼き。圧倒的な分厚い身に驚かされ、濃厚な甘さに感動する

「季節に応じて味わい方も変わりますので、年間通じて楽しめます。オススメの食べ方は…刺身もいいけど、一番は殻ごと焼いて、そのまま食べる。自然の塩気があるので調味料もいりません。シンプルな調理で肉厚の貝柱の食感と甘さを楽しんでください」

 また、本項の最後に「恋し浜ホタテ」にちなんで、同じ小石浜地区でホタテに並ぶほどの全国的に有名なスポットも触れておきたい。それは三陸鉄道リアス線の「恋し浜駅」。かつては小石浜駅だったが、「恋し浜ホタテ」の人気拡大に伴い、2009年7月、地元のリクエストもあって、ロマンチックな駅名に改称された。高台に位置しており、ホームから小石浜地区と海がよく見える絶景駅として鉄道ファンに知られるほか、待合室に「ホタテ貝の絵馬掛け」が行われるようになって、恋愛パワースポットとしても注目を浴びている。
 三陸鉄道リアス線は、岩手県の三陸海岸を駆け抜ける第三セクターのローカル線。海や山、トンネルなど、変化に富んだ車窓を楽しめるのが魅力。季節に応じてイベント列車の運行もあり、「恋し浜ホタテ」を食す機会を利用して、列車で恋し浜駅を訪れるのも一興。

(左)恋し浜駅のホームに列車が到着。NHKドラマ『あまちゃん』でおなじみの列車でトリコロールの配色が印象
(右)ホームから見下ろす景色が美しく、「インスタ映え」スポットとしても女性を中心に知れ渡るようになった

綾里漁業協同組合

電話 0192-42-2151
住所 〒022-0211 岩手県大船渡市三陸町綾里字中曽根66

【いわて三陸綾里 小石浜産 恋し浜ホタテ】(送料・税込)
大貝(11センチ以上)
10枚入り 5500円
15枚入り 7500円
20枚入り 9800円
25枚入り 1万2000円

写真/海保竜平 取材・文/内山賢一

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