幸せな牛から、おいしい肉へ。わが子のように牛を自由な環境で、健康に育てる

【なかやま牧場】の直営牧場のひとつ「加茂農場」。広々としたストレスのない環境で、6,000頭もの牛が育てられている

 広島県福山市にある、牛肉の生産・加工・販売の【なかやま牧場】。始まりは1960年。創業者の中山伯男さんがわずか3頭の牛の飼育からはじめた【なかやま牧場】は、現在広島県、岡山県に3つの直営牧場に9,000頭近くの牛を飼育し、加工、販売までを手がけるまでに成長した地元ではその名が知られる畜産企業だ。

 創業から今も一貫して変わらないのは、牛の飼育において「わが子を育てるがごとく、牛の世話をする」ということ。狭い仕切りの中に牛を詰め込んだり、牛に鼻輪をつけたり、角を切ったりということは最初から一切していない。現在欧米の畜産で謳われ、日本の畜産にも徐々に取り入れられている「アニマルウェルフェア」(動物たちは生まれてから死ぬまで、その動物本来の行動をとることができ、幸福(=well being)でなければならない)という考え方を、【なかやま牧場】はずっと昔から、自然と実践してきた。

日が良くあたる南側の傾斜地に建てられた牛舎。清潔に保たれ、匂いもほとんどしない

 そんな【なかやま牧場】の直営牧場のひとつ「加茂農場」は、約6,000頭もの牛を飼育している大規模農場。一頭の牛を出荷するまでに20〜30カ月かけて育てていく。また、ひとつひとつに陽が当たるよう山の斜面に建てられた牛舎は、天井も高くて開放感があり、広々ととられた仕切りの中には牛がのんびりと思い思いに過ごしている。育て方も牛に負担をかけるビタミンのコントロールや、抗生物質による肥育などは一切しない。生後4カ月までの哺育期間は外気温などにも配慮し育て、10カ月末までの育成期間は丈夫な胃をつくるため、わらなどの繊維質豊富な粗飼料を、11カ月から30カ月の肥育期間は独自の配合飼料を与え、良質な肉牛を目指している。

 育てられているのは、ホルスタイン種の加茂牛、交雑種の高原黒牛、黒毛和種の神石牛の三種。ストレスなく育てられている牛たちは人間に対して恐怖心がなく、取材陣がカメラを向けると「なにをしているの?」と言わんばかりに、続々と牛の方から近づいてくるほど好奇心旺盛だ。

「たくさんの牛を自由に健康に育てるためには、長年の経験とIT技術での徹底管理が不可欠です」と加茂農場の前田貴史さん

 こうして自由にのびのび育っているように見える牛だが、安定しておいしい肉にするためには、各個体の管理が大切な仕事。大規模な農場でのきめ細やかな管理は、スタッフの数などが揃わないと難しいが、【なかやま牧場】ではIT技術による徹底した管理で、少ない人数でもそれを可能にした。自らを「牛飼い」と名乗る加茂農場責任者の前田貴史さんは、農場管理ツール「ファームノート」を導入し飼育システムの改善を重ねることで6,000頭もの牛を管理。毎日現場で、手作業でノートに牛の様子やえさの食べた量を記帳するスタッフと、デジタル化したデータを分析するチームをつくり、牛が幸せに育つ環境と、スタッフの管理のしやすさを両立させながらおいしい肉を安定的に供給することを実現したのだ。

(左)飼料の6割以上がトウモロコシ。さらに亜麻仁油を含んでいる(右)デジタルで管理。6,000頭もの牛を自然に健康に育てるために、デジタルツールが活躍している

農場から届いたお肉を自社工場で速やかにカット。細かな要望にも柔軟に対応

片身250kgもある牛肉を、スムーズな流れ作業で速やかにカット、その中で卸先ごとの細かな要望に対応している

【なかやま牧場】が地元から長く愛される理由は、“おいしい肉”ということに加え“手が届く価格”という両軸があるからこそ。これを可能にしたのが、1973年に開設した食肉加工場、さらに、自社の販売店をと生産から販売まで一貫したことだ。生産から販売までを一貫して経営する牧場は、当時は例がなかったという。

 その加工場には現在、1日25頭前後の牛が届き、肉に負担をかけないよう細部まで配慮した流れ作業で速やかにカットされる。そのカットの仕方も、実に細かく販売先の希望によって変えている。肉の色味やサシの入り方など、レストランをはじめとする卸先のオーダーに合った肉質のものを選別し、それぞれの要望に合わせるかたちでカットしていくというから驚きだ。これは、販売店の人手不足の話を聞き、できるだけ彼らの負担を減らすために考えたことから生まれたシステムだという。細かな要望に応えられるのは、自社運営ならではのしっかりと整備された環境の中で、スタッフの熟練した技術とチームワークがあってこそ。農場でのびのびと大切に育てられた牛を、徹底した品質管理のもと加工し、販売先の負担を減らしてしっかりと届ける。それができるのも、生産・加工・販売の一貫経営を行う【なかやま牧場】の強みのひとつなのだ。

卸先ごとの希望に合わせた肉質のものが選別され、カット方法の要望にも細やかに対応し、配送される肉

【なかやま牧場】のこだわりについて社長の増成幸子さんは、「我が社には、『太陽と緑と倖せと』という合言葉があります。ここにある『倖せ』には、牛にとってよい環境で牛に感謝しながら育てていきたいという思いと、地域の皆さまに牛肉を安く美味しく食べて幸せになっていただきたいという思いが込められています」と話す。そのため、牛の肉質もA5ランクのようなサシの多さにこだわるのではなく、やさしい味わいの食べやすいものを目指しているのだという。

「地域の皆さまに、牛肉を安く美味しく食べていただきたい」と語る社長の増成幸子さん

 その味をつくる秘密は配合飼料。最後の1年の肥育期間に与える餌が味を決めるのだが、6割以上をトウモロコシ由来の飼料、そこにオメガ3系脂肪酸(α-リノレン酸)を含む亜麻仁由来の成分を配合して与えている。実はこの亜麻仁由来の成分は、昨今温暖化の原因の一つとして問題になっている牛のげっぷを減らしたい、という環境配慮から与えはじめたもの。それが、肉質の上でも脂の融点が下がり、すっきりとしながらも、増成社長も目指す旨みのある、やさしい味わい肉をつくることに繋がったのだそうだ。

直営の販売店だからこそ、こだわりのお肉を手頃な価格で提供できる

直営スーパー「ハート」で販売されている【なかやま牧場】の黒毛和牛「神石牛」のロースステーキ(100g 998円)

 こうして丹精込めてつくられた牛肉は【なかやま牧場】直営のスーパー「ハート」に並び、取引先の卸や店舗へ運ばれる。「ハート」は広島県と岡山県に計10店。店舗の中には肉屋があり、各部位の新鮮で高品質なお肉はもちろん、珍しい心臓やタケノコ(ハツモト)をはじめとした、新鮮なモツ各種から黒毛和牛のサーロインまでが並ぶ。その品ぞろえは圧巻だ。店には地元の人たちが次々と訪れ、今晩の夕飯になるであろう肉を思い思いに買っていく。

(左)【なかやま牧場】直営のスーパー「ハート」の牛肉売り場 (右)売り場には、貴重な心臓などをはじめとするモツも充実

 こだわりの品質かつおいしい牛肉を、手頃な価格で販売できるのは、こうした一貫経営だからこそ。地元の人たちが日常の中で美味しいお肉が食べられるようにという思いは最初の店舗が開店した1969年から変わらない。そうした思いは地元の住人たちにもきちんと伝わり、地域密着型の牧場として、長年愛され続けているのだ。

【なかやま牧場】
電話番号:084-970-2911
住所:広島県福山市駅家町法成寺1575-16

写真/今清水隆宏 取材・文/河崎志乃

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