職人たちが集まる岩瀬町の再生仕掛人【桝田酒造】

往時の華やぎを彷彿とさせる、端正な街並み。奥が北前船廻船問屋の森家

 出格子や板塀の美しい商家が続く岩瀬町。江戸の昔にタイムスリップしたかの街並みをそぞろ歩けば、酒屋、蕎麦屋、菓子舗、工房など、富山の文化を色濃く発信する店にいくつも出会う。町の中程にある“新酒ができました”を意味する杉玉が軒先に下がる母屋が、この地に100年以上続く、名酒「満寿泉」の蔵元だ。その5代目当主・桝田隆一郎さんこそが、岩瀬町の再生を仕掛けた人物である。

江戸から明治にかけて北前船で栄えた岩瀬町を再生

 「岩瀬町は江戸から明治にかけて、北前船の寄港地として栄え、華やかな文化を誇ってきました。それが、時代とともにさびれてしまい、なんとかしなければ、という気持ちに駆られたのです。そんなときに頭に浮かんだのが、美味しい酒と食べものがあり、文化があれば、そこに人が集まるという西欧のワイナリーのスタイル。我々蔵元も、優れた酒造りを目指すだけでなく、美食や工芸など、酒が縁を取り持つ地域の文化を、総合的に発信していくべきでは、と思いました」と桝田さん。早速、古い建物を1軒ずつ改修し、往時の姿をよみがえらせ、入居者を募った。記念すべき第一号は蕎麦屋だ。同時に、全国のアーティストに声をかけ、岩瀬町へと誘致。桝田さんの心意気に賛同した彼らは、次々に転居し、再生した古民家にギャラリーや工房を構え、それぞれのクリエーションを伝えている。2004年から始まった再生プロジェクトもようやく終着に近づきつつある。岩瀬町は、富山文化の発信地として、見事に再生を遂げたのだ。

はっぴ姿で町を案内してくれた、桝田隆一郎さん。多彩な人脈とフットワークの軽さが岩瀬町再生の原動力

桝田酒造店の酒造りの哲学

軒先に大きな杉玉が下がる、桝田酒蔵店。こちらでは商品の購入も可能

 当の桝田さんは「世界が認める美酒を醸したい」と、日々、真摯に酒造りに取り組んでいる。ゆるぎのないモノづくりこそが、岩瀬町の根幹であるといわんばかりに。早速、町の中ほどに建つ酒蔵を案内してもらった。まずは、酒造りの心臓部でもある、麹作りの室を見せてもらう。この日、麹の番をしていたのは、来年からフランスでの酒造りに取り組むという青年。クラウドファンディングで資金を集め、仏カマルグに酒蔵を造る。その前に、日本の中でも個性の際立つ酒造りをしている酒蔵を回り、経験値を高めているのだという。この話ひとつをとっても、桝田さんがいかに国内外に広くネットワークを持ち、岩瀬町の振興のために尽力しているかがよくわかる。曰く、「根幹となる伝統は頑なに守るが、ワイン樽で日本酒を醸したり、シャンパンの酵母を使ったり、あらゆる可能性を試して、日本酒のポテンシャルを探りたい」と、しなやかで意欲的だ。それも世界中の美酒と美食を知り尽くしているからこその哲学。その目は常に、富山から世界を見据えている。

左/酒造りの中でも最も大切な麹の室。麹菌をつけた蒸し米を、手のひらで温度を感じながら丁寧に混ぜていく。中央/蔵のタンクの中では、もろみがピチピチと発酵し、甘くふくよかな香りが立ち込めている。右/今年の初搾りを瓶詰した、記念の「一号」。今年も無事、酒が造れたことへの感謝の気持ちを表す1本
街並みが美しいことの一つの理由は電柱がないこと。これも仕掛け人桝田さんの発案による

岩瀬町に集まった職人たち①変幻自在な色と文様で心を掴むガラス職人、安田泰三さん

グラデーションとエッチングの文様が美しいプレートは、「カーヴ・ユノキ」の位置皿。木目のテーブルに華やぎを添える

 そして、桝田さんの街づくりに共感し、岩瀬へ移住を決めた手仕事の職人達も増えた。トップバッターの一人が、ガラス工芸家の安田泰三さん。富山のガラス工芸は薬瓶の製造に端を発する。その長い歴史を背景に25年前に富山ガラス造形研究所が作られ、安田さんはその一期生として学んだ。ベネチアングラスに心酔し、レース文様など繊細な技法を得意とし、この分野では日本の第一人者として活躍する。その卓越したセンスと技法に惚れ込んだ桝田さんが、岩瀬町へ誘ったのだ。明治期に豪商として栄えた森家の土蔵群の一角に工房を構え、別に廻船問屋の建物をギャラリーとして活動を続けている。繊細な文様や色みは、モダンな富山のガストロノミーとも抜群の相性を見せる。上の写真のプレートは、「カーヴ・ユノキ」で位置皿として使用しているものだ。

炎にかざしては空気を送り込んでガラスを成形していく、安田泰三さん。真剣そのものの面持ち

岩瀬町に集まった職人たち②オンリーワンの器づくりに邁進する釋永 岳さん

木の質感を思わせるナチュラルな印象と、シャープな造形を併せ持つところが釋永さんらしい、オリジナルな表現

 そしてもう一人が、陶芸家の釋永 岳さん。前編で紹介した「レヴォ」の器で注目され、一世を風靡する。実家は立山の麓で代々続く窯元だが、家業の枠を超えて立体に惹かれ、東京芸大の彫刻科で学んだ。しかし、在学中に改めて土の魅力に開眼し、帰郷後、作陶を始める。400年前にすでに完成している焼き物の歴史に新たなページを加えたいと意欲的な釋永さんを、桝田さんは岩瀬町に誘った。人まねでない、全く新しい質感や風合いを出すことに力を注ぎ、年輪のような粗削りな風合いやレザーのような質感など、唯一無二の作風を確立。「食べることも料理を作ることも好き。それでなければ、本当にいい器は作れないと思います」という釋永さんの考え方は、美食を知るからこそ、美味しい酒が造れるという桝田氏の持論にも重なる。今では多くの料理人がオリジナルの器をオーダーしに、岩瀬町のギャラリーを訪ねるという。まさに、桝田さんの描いた通りの、岩瀬町からの発信が実現している。

「用の美を問われる器作りは、最近、はっきりと目指すものが形になってきたが、彫刻に関しては暗中模索の状態」と笑う釋永さん

 前出のガラス作家の安田さんをはじめ、釋永さん、他にも漆作家や彫刻家などが岩瀬町でモノづくりをしている。彼らが作る器を目当てに、今では多くの料理人がオリジナルの器をオーダーしに、岩瀬町のギャラリーを訪ねるという。まさに、桝田さんの描いた通りの、岩瀬町からの発信が実現している。

桝田酒造店

桝田酒造店

電話 076-437-9916
住所 富山県富山市東岩瀬町269(MAP
アクセス 富山駅からタクシーで20分
営業時間 9:00〜17:00
定休日 日曜、祝日
次ページ掲載キャンペーン申し込み者以外は非公開

タイゾーグラススタジオ

電話 076-426-9340
住所 富山県富山市東岩瀬町102(MAP
定休日 不定休
アクセス JR富山駅から富山ライトレールで25分
その後徒歩10分、車で20分
※ギャラリー訪問時は、事前に電話予約を。

釋永 岳 アトリエ

電話 090-6812-9549
住所 富山県富山市東岩瀬町146(MAP
定休日 不定休
アクセス JR富山駅から富山ライトレールで25分
その後徒歩10分、車で20分
※ギャラリー訪問時は、事前に電話予約を。
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