発酵なくして和食なし。日本古来の食文化を
現代に昇華させる唯一無二の徳山流料理

余呉湖半の高台に建つ【徳山鮓】

 京都から電車で約一時間半。滋賀の湖北地方、日本最古の羽衣伝説で知られる余呉駅に降り立つと、のどかな田園風景が広がる。穏やかに水を湛えた余呉湖畔を、車で走ること約10分。全国の美食家や料理人が、こぞって行きたいと切望する完全予約制の料理宿【徳山鮓】がある。まわりにはなにもない場所ながら、駐車場には県外のナンバーがずらり。彼らのお目当ては、春の山菜、夏は鯉のあらいに天然うなぎ、秋はきのことジビエ、そして雪が深くなる冬には熊鍋・・・・・・。店主・徳山浩明さんが自ら山や湖で獲る、ここでしか食べることのできない自然の恵みを独自に仕立てる料理が評判となっているのだ。

周りの山々を移す静かな湖面は鏡のよう。その様子から「鏡湖」という愛称を持つ余呉湖

私が生きている以上、私がレシピ。
嫌がられる食材だからこそ、挑戦しがいがある

 店主の徳山浩明さんは、京都の一流料亭で修行したのち、余呉に帰郷。その頃、月に一度、この地にあった発酵研究所を訪れていた、ここで東京農大の小泉武夫教授と出会うことから、徳山さんの発酵人生は幕を開けた。和食の料理人として、京料理を作っていた徳山さんに「なぜ鮒鮓を出す店がない。あんなに素晴らしい発酵文化があるのに」と、小泉先生は何度も語っていたという。「先生と1~2年やりとりするうち、ふと気付いたんです。和食を作るうえで、発酵は欠かせない。鰹節もそうだし、醤油、酢、味噌もそう。味をコントロールするものが発酵なんです」。まさに、発酵なくして、和食なし。「必ず発酵の時代が来る」という先生の言葉にも背中を押され、2004年、鮒鮓(熟れ鮓)をメインにした【徳山鮓】を開業させた。

宿に併設した鮒鮓工房にて。まず鱗と内臓を取り、塩漬けして半年。さらに7月の土用に合わせて、飯を鮒につめ一年間本漬けする。徳山さんの原点は、子供の頃から食べ慣れていた父親が作る鮒鮓。記憶を頼りに、徳山さんは見よう見まねで作り始めたという

 発酵食の中でも、苦手な人が多い鮒鮓。「ならば美味しい鮒鮓を作ればいい」と、臭みのない熟れ鮓を作るため、徳山さんはニゴロブナの処理方法から、発酵のための湿度・温度などの研究を徹底的に重ねた。「熟れ鮓は時間がかかりすぎるうえ、成果が保証されない。調理するのは菌で、オケの中に入れて重石を乗せれば、あとは菌まかせです。だからレシピもない。私たちは、発酵=調理が始まっていると言うんです」と徳山さん。100%のコントロールは到底できないが、同じような味に仕上げるための環境づくりとレシピは、長年培った徳山さんの感と技そのものなのだ。

 こうして試行錯誤の末、完成した鮒鮓は、爽やかな酸味と深い旨味を併せ持つ、チーズのような味わい。伝統的なそれらとは一線を画す逸品だ。

自ら山に分け入り、湖で漁をする
すべて一から手作りされた至福の馳走

右/コリコリとした食感が小気味よい鯉の刺身は、淡白で上品な旨味が広がる薄造りと、卵をまとった粉まぶしの2種類ともにわさび醤油でいただく。左/猪の自家製ハムとベーコンに、ふきのとうの天ぷら、オレンジと猪の煮こごりなどの盛り合わせ。ソースには鮒鮓をつける“飯(いい)”が使われている

 徳山鮓の料理は、おまかせのみ。他では味わえない鮒鮓を筆頭に、徳山さん自身が山に入り漁をして得た食材は、日に日に自然の変化を写し、香りや彩りも豊かだ。曰く、「どこにいても何でも手に入る時代だからこそ、自分で獲るもの、作るものに価値がある。余呉は、山から川、田畑、湖に同じ水が通っているということが一つのポイント。米、酒、山の幸、湖の幸、すべて余呉の水が巡ってできたもの。それらをすべて同じ成分の水で料理できる。ここに余呉湖がなければ、僕は店をやらなかったかも知れない」。余呉湖が育んだ自然と、この地に受け継がれてきた発酵文化への徳山さんの矜持は、どこまでも深い。

徳山さんが熟れ鮓のイメージを覆すべく考案した一皿。フレッシュなトマトソースをベースに、鯖の熟れ鮓、フレーク状に削った吉田牧場のカチョカバロに、飯のソース、実山椒を飾った一品。旨味の濃厚な半熟れの鯖は、ほのかな塩味とさわやかな酸味が鼻孔をくすぐる
スペシャリテの鮒鮓。ヨーグルトのような酸味の飯をソースのようにまとった鮒鮓は、ねっとりとした卵巣部分とのバランスがよく、食べやすい。今でも十分に好評だが、現在新作を開発中。専用の器も制作しており「出来次第変わるので、お楽しみに」と徳山さん

 コースでは前菜の一品として『鯖の熟れ鮓』が登場する。時にはセルクルで丸く形づくって、また時にはソースで皿に絵を描くように。華やかなフレンチを思わせる仕上がりに目を奪われる。口に含むと、しっとりとした半熟れの食感。トマトとチーズを組み合わせ、飯のソースでコクを添えた一品は、言われなければしめ鯖かと勘違いするほどだが、しっかりと舌に残る旨味の余韻は熟れ鮓ならでは。「これを食べてもらうと、次に鮒鮓を出しても印象が違う」と徳山さん。研究に研究を重ね、食べやすく仕上げた美味しさを、素直に感じてもらうため「熟れ鮓は癖がある」という先入観をなくす仕掛けも怠らない。発酵の真髄とも言えるメインの鮒鮓も、蜂蜜を添えて旨味をさらに引き立てる。ブルーチーズに蜂蜜が合うように、さわやかな酸味との相性を考えて合わせたという。付け合わせになった一口サイズの鮒鮓サンドや、えぐ味を一切感じないカラスミの熟れ鮓も抜群に日本酒が進む。

左・下/【徳山鮓】名物の熊鍋。今宵はスープも発酵させた“大将スペシャルスープ”が登場。季節によって仕立てが変わる。右/鮒鮓の飯を使ったアイスでは特許を取得。妻の純子さんのアイデアから生まれた発酵の名作だ

 ジビエも【徳山鮓】の名物の一つ。さすがにジビエは仲間の猟師から仕入れるというが、訪れた3月は幸運なことに熊鍋のシーズンだった。実はこの熊鍋も、春先までしか味わうことのできない徳山鮓の料理だ。ほとんど透けるような白い脂に、赤身はほんのわずか。特製のだしにサッとくぐらせていただくと、驚くほどさっぱりとして甘みも上品。とろけるような口溶けで、たっぷりのネギと一緒に、いくらでも食べられる。4月後半から5月初めは短いながら、花山椒と合わせた熊鍋が登場。この鍋は特に人気で、この時期を目掛けて数ヶ月も前から予約が殺到する。それでも予約と時期が外れることもあり、毎年一か八かだ。

食事スペースや客室、どこからでも余呉湖が眺められる。「静かで心も穏やかになる。毎日眺めていても、飽きることがありません」

 まさに季節の移ろいを語る食材と、数々の美味なる発酵料理に魅せられ、リピートする人は多いが、最近はさらなる進化に期待が高まっている。フランスの料理留学から帰国した次男、京都の高級割烹で修行した長女・舞さんと、料理人の義息子・那由太さんも加わり、次世代の新たな感覚や発想が新風を吹き込んでいるのだ。そうした流れも、徳山さんは柔軟に受け止める。「ここでなければ味わえないものは何かを突き詰めると、和食だけでは限界があるんです。洋の技術を取り入れたり、中華の技術でもいいと思います」。自然と共に生き、発酵料理の原点は守りながらも、ジャンルの枠にとらわれることのない、唯一無二の徳山流料理。次はどんな料理に出会えるのか、ゆったりと愉しむ一期一会の味を求めて、何度でも訪れたくなる。

「発酵は壁ばかり」と徳山さん。行き詰まった時は「本を見る。どこかに解決の糸口がある」。自室は壁の一面が書棚になっており、発酵や食に関する本がびっしりと並んでいるという。 これはほんの一部
徳山鮓

徳山鮓

電話 0749-86-4045
住所 滋賀県長浜市余呉町川並1408(MAP
営業時間 12:00〜14:30、18:00〜21:00
定休日 不定休、要予約
料理 ランチ 10,800円~
ディナー 15,000円~
※コースのみ
徳山鮓で食事をするなら、宿泊もオススメ!

徳山さんの生家があった場所に建てられた、余呉の恵みが味わえる料理宿は細道を隠れ宿の風情。和のしつらえに落ち着ける客室は全5室。早めに到着して、余呉湖の周辺を散歩するのも心地よい。夜が更け、ダイニングで鮒鮓がメインのコースと地酒を堪能した後は、余呉湖を眺める半露天風呂の『望鏡亭』の湯に浸かりのんびりリラックスを。水面に月を写す夜はもちろん、早朝の余呉湖も格別の美しさだ。すっきりと目覚めた翌朝、発酵食のパワーを実感する朝食も実は密かな名物。たっぷりのネギでいただく氷魚の鍋やゴリの佃煮など、泊らなければ味わえない地元の美味を堪能できる。
1泊2食付 1名26,000円~
チェックイン 15:30、チェックアウト10:00

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