この場所でしか出会えない美しい料理と空間と、ゆっくりと流れる時間

 岩瀬町にあと必要なものは、発信力のある特別の美食。桝田さんはそれを、柚木栄樹さんがシェフを務める、1日1客のレストランという形で実現した。場所は海運業で財を成した森家の土蔵群の中。前述の安田さんと釋永さんの工房の並びのドアを開ければ、息を呑むような空間が広がる。赤々と燃える薪ストーブの前にはゆったりとしたソファが置かれ、シェフズテーブルとなるオープンキッチンと、木目の美しい大テーブルが、夢の饗宴を予感させる。実は桝田さん、孤高の味覚センスの持ち主である柚木栄樹さんに、岩瀬町で店をやらないかと20年近く前から打診をしてきた。二人で物件を見て回るなかで、柚木さんはこの隠れ家のことを知り、ここならやりたいことができると即決したとか。「この稀有な空間を存分に生かしたいと、1日1組のプライベートダイニングとしてスタートしました」と。ゆったりと寛ぎながら、そぎ落としたモダンフレンチが作られる様子を、間近に見るのはなんとも楽しい。岩瀬町から発信する富山キュイジーヌ、それはかけがえのない時間とともに、深く心に刻まれるだろう。

大きなテーブルの向こうには、薪ストーブとソファが。築100年を経過した、天井の梁や柱が美しい

富山の海の魚、山のジビエ。ここにしかない料理を追求して

富山の全日空ホテルの料理長を務めた後、こちらのシェフに。地元の食材をどうおいしく料理するか。日々の研究に余念がない

 柚木栄樹さんは富山生れ、富山育ち。修業も富山で始め、途中、東京のフランス料理店で研鑽を積み、富山に戻って全日空ホテルの料理長を務め、その後、現職へ。つまり、富山の素材を知り尽くしていること、それが何よりの強みだ。「子供の頃から富山湾に揚がるキトキトな魚を食べて育ってきましたから、鮮度や美味しさの基準が違うんですね。新鮮は当たり前で、それをいかにして、もう一つ上の次元で料理として昇華させるか、それが、最大のテーマです」と柚木さん。だからあえて、魚も肉も、熟成よりも富山のここでしか食べられない鮮度にこだわる。「魚類はもちろん、アオリイカでも神経締めをして、よりぷりっとボリューム感のある食感を追及します」。山の幸は、懇意にしているハンターに、ほしい肉のサイズや雌雄などを伝え、眼鏡にかなったものを購入する。イノシシなら、山でどんな餌を食べていたのか、そんなことまでを的確に推し量りながら、調理法を決める。だから“ただ焼くだけ”なのに、そこに“軽いスモーク香をつける”、など、微妙なプラスαで、何倍にも素材の魅力を引き出すことができる。素材との距離が近いからこその柚木マジックだ。

オープンスペースに備え付けた、薪ストーブ。これで薪を燃やして熾火を作る

薪の火を駆使し、里山の恵みの底力を引き出す

 都会とは環境の異なる、ここでしかできないこととして、2017年夏から薪の熾火でゆっくり火を入れる手法が、カ-ヴ・ユノキの新たな調理法として加わった。土蔵群の外の共有スペースに薪ストーブを設置し、鉄の作家に、驚くほど重いグリル板を特注した。薪ストーブで熾火を作り、それを板の下に移す。「炭火に比べて火がやわらかく、炎に水分が含まれているので、表面が乾きすぎず、中はジューシーに焼ける。これが熾火で焼くメリット。だから、アオリイカのねっとりとした質感が見事に残るでしょう」と柚木さん。炭火では表面が瞬時に乾燥してしまうので、とてもこうはいかない。ときどき、薪に太白ごま油を噴霧することで、煙を上げて軽いスモーク香をつけ、アオリイカの風味を何倍にもアップする。「この熾火の力は、海と山の恵みを最大限に高める秘密兵器になりますね。新たなる可能性が広がりそうです」と挑戦者の心をのぞかせる。

ストーブで作った熾火を焼き台にくべ、ほどよい火加減に調節し、アオリイカをさっと焼く。薪の香りも調味料のひとつ。「ここならではの調理法なので、これからいろいろな料理に多用していきたいですね」
薪で火を通したイカが、このような美しい料理になって登場。紫キャベツの甘酸っぱさと、焼くことで一層甘みを増したアオリイカのアクセントとなり、実によく合う

土地の恵みを土地の酒と合わせる。それがこれ以上ないご馳走

寒ブリの軽いスモーク 紅玉りんごと根セロリのピューレ添え。こちらは、ガス火でグリルしたあとにヒッコリーのチップで軽くスモークをかけている。ブリの脂の切れがぐとよくなる

 地の食材を美しく昇華させた料理はもちろん、【カーヴ・ユノキ】を訪れる多くのゲストが楽しみにしているのが、富山のお酒とのペアリングだ。「コースに合わせたマリアージュでは、富山ガストロノミーの世界観を味わってもらうために、満寿泉とセイズファームのバラエティーの中から合わせるのが、最も素直で、マリアージュのよさも一番感じさせやすいですね」と柚木さん。同じテロワールで育ったぶどうと肉や野菜、また、立山連峰の伏流水で仕込んだ酒と、立山連峰からの雪解け水で豊かに育つ、富山碗の幸。そこには必然の相性があるのだ。また、氷見の土壌はミネラル分が豊富、だからセイズファームの複雑でしっかりした味わいが、付け合わせの根菜類の土の香りなどもしっかりと受け止めてくれる。また、大吟醸をワイン樽で熟成させた満寿泉であれば、寒ブリの軽いスモーク香と見事に呼応するなど、酒類の特質も知りぬいた柚木さんのマリアージュのさせ方は絶妙だ。

仔イノシシは、ハンターから受け取ったあと、すぐに掃除をして解体し、部位ごとに真空にして保存。写真は「仔イノシシモモ肉の炭火焼きと肩肉のロースト トピナンブールのピュレ、コールラビと呉羽梨を合わせたサラダとともに」
8〜10品ほどのカーブ・ユノキの料理に合わせたスタンダードなマリアージュ例。スターターは軽やかなセイズファームのシードル。次に氷見の土地にとてもよく合う、スペインの品種アルバリーニョの白。シャンパン酵母を使用した、酸味が心地よい満寿泉R、樽で熟成させた大吟醸満寿泉、柔らかで余韻の長いピノ・ノワール。食後酒には、とろりと甘い貴醸酒を
カーヴ・ユノキ

カーヴ・ユノキ

電話 076-471-5556
住所 富山県富山市東岩瀬町 東岩瀬102 森家土蔵群二番(MAP
営業時間 12:00〜13:00(L.O.)18:00〜20:00(L.O.)
定休日 月曜 *要予約
料理 昼5,800円〜、夜8,000円、12,000円、16,000円 (一組5万円以上・2名〜)
PAGES