氷見前の魚を鮨と料理で余すことなく堪能する「川喜」

氷見の醤油と鮨のおいしい関係

氷見の街中を流れる湊川

氷見の景色といえば、海の向こうに見える冠雪の立山連峰が有名だが、町の中にも美しい場所がいくつかある。

市内を流れる湊川沿いもその一つだろう。十二潟と海をつなぐ細い川の両側には昔ながらの建物が並び、個性的なデザインの橋がいくつもかけられている。その町並みの中にしっくりと馴染む鮨屋が「川喜」だ。氷見であがる旬の魚を一品料理と鮨にして食べさせる、昔ながらの鮨割烹である。

長閑な街並みにしっくりと馴染む外観

開店前の店を訪れると、ばったり店主の余川幹久之さんに出会った。ちょうど使っている醤油をもらいに、徒歩3分ほどの「本川藤由商店」に行くというので、同行させてもらうことにした。

実は氷見の醤油は、東京などの一般的な醤油とはひと味違うのをご存知だろうか。氷見の醤油は、ほんのり甘いのだ。地元の人たちは、“鮨を食べるときは、この甘い醤油でないとしっくりこない”という人も多いほど、氷見の鮨とは切っても切れない関係がある。

なぜ、氷見独特の醤油がつくられているのか。「川喜」で食事をする前に、その疑問を「本川藤由商店」で聞いてみようと思ったのだ。

川喜の余川幹久之さんと「本川藤由商店」の森田美智子さん

少し歩くと湊川沿いのひときわ風情のある建物が見えてきた。その建物が明治3年創業の「本川藤由商店」だ。

土地柄か氷見では、網元から醤油屋になったところが多い。「本川藤由商店」も例にもれず、元は網元の家だったのだそうだ。その独特の成り立ちにも、昔から漁業を生業にしてきた町の歴史と江戸時代の定置網漁にまつわるストーリーがある。江戸時代は船の上で寝泊まりしながら漁をしていたため、食事は獲った魚と白いご飯。その食事をおいしくするのが各網元の手前味噌だった。そこからたまり醤油などをつくる網元がでてきて、それぞれ魚に合う味の醤油をつくるようになり、生業にするところが現れたのだという。

「うちの醤油は調味加工して火入れをした後、自社の蔵で1ヶ月は寝かせています。蔵の麹菌がまろやかにしてくれるんです。氷見の脂ののったブリなどは醤油をつけても脂をはじいてしまうのですが、少しとろみのある甘めの醤油なら、氷見のブリの脂の強さにも負けませんね。刺身には、この醤油が本当によく合います」とは「本川藤由商店」の森田美智子さん。

「川喜」の刺身や鮨にも、こちらの醤油がかかせないと余川さん。昔は5軒あった醤油屋も今は氷見に2軒になってしまったのだそうだ。店を出て歩いている途中、「鮨とともに氷見の食文化を支えてきた醤油はやっぱり使い続けたいですね」と思いを話してくれた。

氷見の新鮮な魚を京都の料亭仕込みの技で調理

「川喜」はカウンター前の5席と個室がある

現在の場所で「川喜」の2代目として日々店に立つ余川さん。氷見の地元の人の鮨の楽しみ方として、魚の料理をつまみながら酒を楽しみ、最後鮨で締める、という食べ方も非常に多いと教えてくれた。「川喜」が長年地元の人に愛されている理由は、そんなニーズに長年応え続けて進化してきたからだろう。

「川喜」はもともと、魚屋を営んでいた祖父の店を父親が鮨屋にしたのが始まりだ。店を切り盛りするうちに酒を飲みながらつまむ簡単な料理を母親が作るようになり、店は繁盛。しかし、小さいころから魚ばかり見ていて、実は魚が嫌いだったという余川さん。まったく興味のなかった店を継ごうと思ったのは、郷里を離れて都会で過ごして帰省したときに、氷見の魚のおいしさはやっぱり凄い、と改めて思ったからだそうだ。

店を継ぐと決めてからは、より本格的な料理と鮨が提供できるように、と大阪で鮨を学び、京都の料亭で料理の修業をした。店を継いでからは、鮨に加え、京都仕込みの素材を生かした料理も出すようになった。

他府県で長く料理をして、さまざまな食材を扱っていたからこそ、余川さんは、氷見の魚は世界に誇れると断言する。「氷見で揚がる魚の魚種は多いし、脂ののった良い魚が多い。またシーズン初めの魚と終わりの魚では味わいが全く違います。単純な春夏秋冬だけでなく、季節の初め、終わりなどぜひ何度も氷見に足を運んでもらってその味の違いを楽しんでほしいです」と話してくれた。

上握り盛り合わせ10貫。2,500円(汁物つき)。この日はヤリイカ、ブリ、甘エビ、ヒラメ、マグロ、蟹、地ダコ、白エビ。鮨は1貫から頼める(152円〜)

鮨に合わせるネタについても料理人として“いかに素材を活かすか”ということから考えることが多いという。例えば、ランチの鮨で出すキジハタは獲れたての食感の弾力を楽しんでもらうために捌きたてを切りつけ鮨にする。ヒラメは旨みを凝縮したいから昆布締めに。ブリは脂の多い腹側は1日寝かせるが、背側はすぐに握ってフレッシュな香りを楽しんでもらうといった具合だ。

「ヤリイカなんかは、獲れたてをすぐに握ったほうがいいね。タコも獲れたてをすぐに茹でると全然甘味が違う。氷見の人が大切にする鮮度の良い魚は、そのままはもちろん、調理次第でもいろんなおいしさが引き出せると思うんですよね」。

酢飯に使うのは氷見のコシヒカリ。魚の味や風味を極力消さないように、米酢とみりん、砂糖、塩で優しいまろやかな味に仕立てているという。

魚の個性を見極め、引き出したそれぞれのネタに合わせるのは、逆に個性を抑えた酢飯というわけだ。そのバランスで、さまざまな魚の表情をより際立たせている。「川喜」の鮨もまた、魚が主役の鮨だ。鮮度を全面に出した、はつらつとした鮨とはまた違い、氷見の魚のさまざまな表情を感じる鮨だった。

写真左/すべての料理の素となる、氷見鰯でとるだし。写真右/鰯のだしやみりん、「本川藤由商店」を合わせた割醤油で鮨を食べる

余川さんの、氷見の魚が持つ“素材の味”を引き立てたいという思いは、鮨を食べるための醤油にもひと手間かけているところにも現れている。お昼に訪れた「本川藤由商店」の醤油の個性を生かしながらも、もう少しまろやかにするために氷見鰯のだしとみりんなどで割っているのだ。

「氷見鰯でとる出汁は非常に上品なんです。どんな料理にも合うし、このお醤油もちょっと割ることで魚の旨みをもっと引き出してくれる気がするんですね」。そんな言葉通り、角が取れた丸みのある割醤油は、甘さもほどよく品がある味わいだ。鮨を楽しむ影の立役者といえるだろう。

赤ガレイの唐揚げ。時価(850円前後)

「川喜」では、鮨以外の一品料理もぜひ頼んでほしい。刺身でも食べられる鮮度の赤ガレイを豪快に丸揚げした料理や、驚くほどたっぷりと身がついたブリカマのシンプルな塩焼きは、港町ならではのごちそうだ。

そのほかにも、季節の魚の西京焼きや、「鯛の子の旨煮」など、お酒がすすむ料理が並ぶ。どれも素材を見極め、その素材が持つおいしさをしっかりと引き出す技が光っている。

ブリかまの塩焼き(時価)

日本酒を一献傾けながら食べたい料理が多く並ぶが、意外にも置かれている日本酒は昔ながらの味わいの2つの酒蔵各2種類だけ。富山県砺波市の「立山酒造」と氷見市の「髙澤酒造場」、それぞれ冷酒用と燗酒用を揃えている。

「最近の旨みの強い日本酒は、どうも魚の味を引き立てない気がするんだよね。やっぱり魚の味を楽しんで欲しいから、昔ながらのスッキリとした邪魔しない綺麗な日本酒がいいよね。だからうちはこの2つの酒蔵のお酒しか置いてないの。好みの日本酒を飲みたい人は、持ち込みをご相談くださいね」と余川さん。

どこまでも魚を愛する気持ちが、こんなところにも顔を出していた。

氷見市唯一の日本酒の蔵「髙澤酒造場」の「曙」は燗酒で

「川喜」に来たら、くつろげる座敷もいいが、主人の余川さんと話せるカウンターが特等席だろう。ここは4人だけが座れるプラチナシート。カウンターを希望される場合は、あらかじめ予約して相談をしてほしい。

夕方、湊川を散歩しながらゆるゆると店へ。カウンター前で地酒を飲みながら、余川さんと語らい、おすすめの地元の魚を地元の醤油で楽しむ。一品料理から鮨まで、氷見の魚の魅力を存分に感じるひとときが味わえる。

川喜(かわき)

川喜(かわき)

電話 0766-74-5555
住所 富山県氷見市本町2-1
営業 11:30〜14:00、17:00〜21:00
定休 月曜
旅の立ち寄りスポット
「本川藤由商店」

氷見の飲食店にも愛されている、市内に2軒だけ残る醤油屋の一つ。ベーシックな濃口醤油、薄口醤油から刺身醤油、豆腐用醤油からだし醤油まで、バリエーション豊かな醤油を揃えている。店頭ではいろんな醤油を味見してから購入できるのも嬉しい。お土産にぴったりな小瓶セットなども販売。湊川散策の途中で寄りたい。

住所:富山県氷見市本町1−18
電話:0120-720-702
営業:9:00〜17:00
定休:日曜・祝日

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撮影/志賀直人  取材・文/山路美佐

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