Interview
今ここに、料理人生の集大成を表現する
様々なステージで日本料理と向き合って来た木村料理長が供す料理。それは、いったいどんなものなのか──
「同じ日本料理でも、割烹と料亭、ホテルでは、つくり方からサービスの仕方に至るまですべて違うんです」と話す、木村料理長。割烹の醍醐味は、お客様がみえてから調理を始め、出来立てを供すこと。華美な盛り付けはせず、シンプルに提供する。
それに比べて料亭では、茶懐石をベースとした料理だけでなく、美しい盛り付けや趣向をこらした器で、感動を与える演出を行う。そして、木村料理長が16年もの間、総料理長として過ごした【ホテルはつはな】では、昔は邪道とも言われた「創作料理」を作ることもあったそうだ。ホテルには、日本料理だけでなくフレンチや中華のシェフ、パティシエなど、ジャンルの違う料理人が集う。「フレンチジャポネ」という、フレンチと日本料理を融合したイベントでは、フレンチのシェフと共に1つのコースメニューを考え、フレンチの食材を使った日本料理を、洋皿に盛り付けるというホテルならではの経験を積み、料理に対する新たなアイデアや発想力を磨いた。
「日本料理の基本をきちんと守れば、違うジャンルの要素を取り入れても良いと思っています。ほんの少し加えるだけで、料理の幅はぐんと広がるんです」と木村料理長は語る。
木村料理長が料理の腕を磨いてきた場所は、それぞれお店の造りや、お客様が利用する目的も違い、それに合わせて料理のつくり方も三種三様。
「割烹の味に、料亭の華やかさ、ホテルでの経験で得た発想力。それぞれの良さを大切に、ときにはすべての要素をかけ合せた一品を出すときもあれば、1つの要素だけにこだわるときもある。お客様1人1人の目的にあったおもてなしをできるよう工夫しています」。
素材は余すことなく使い、美味しさを最大限引き出す調理を施す。そして、より美味しく食せるようにと、器一つにもこだわり、洋皿や土鍋を用いた見た目の演出にも力を注いでいる。【西麻布
割烹 たくみ】では、三種三様の日本料理を培ってきた木村料理長だからこそできる、それぞれの良い要素を最大限生かした、芸術作品とも言える洗練された料理が供されている。
基本を忠実に、光輝く美の割烹を味わう
春先のメニューの一品として用いられることが多い、「いろどり手まり寿司」。その名の通り、供された瞬間に彩りの美しさに魅せられる。
この色彩鮮やかな一皿には、日本料理の基本作法「五味五色五法」が忠実に守られている。「五味五色五法」とは、それぞれ、甘味、辛味、塩味、苦味、酸味の五味。焼く、煮る、蒸す、揚げる、生を活かした五法。そして、赤、緑(青)、黄、白、黒の五色を表す。
細工の施されたガラス皿の上には、マグロ、小松菜、錦糸卵などの具材を揃えてカットし、酢飯とともに巻きあげる「手綱寿司」。ガラス板の最上段に置かれているのは、菊を模したイカに金粉をあしらった「菊花寿司」だ。他にも、サーモン、甘海老、ホタテ、穴子など数種の手まり寿司が、「五色」の作法に習って春の花畑のように並んでいる。そして、寿司だけでなく、沖縄の島にんじんで作られたちょうちょ南京や、唐草大根の葉で作られた美しいあしらいが、皿に季節感を添え、新たな彩りをプラスしているのだ。
日本料理の基本作法をベースに、料理と器の相性や、立体的な美しい盛り付けを作り出す独自の美的感覚をもって、目にも美味しい一品が紡ぎだされている。
記憶に残る料理人
~不言実行の恩師~
木村料理長が今もなお大切に思う師がいる。それは10年もの間修行を積んだ【花外楼】の当時の親方、故
伴周三氏だ。小柄ながら、鋭い眼差しで料理と向き合っていたという伴氏は、親方にも関わらず弟子と変わらぬ時間に調理場に入る。ときには弟子の使う汚れた布巾を、自ら変えることもあったそうだ。己の料理人魂を、言葉ではなく、すべて行動で示す、まさに「不言実行」の人だった。この、思いの詰まった大きな背中に、料理人を目指す多くの若者が魅せられたという。
木村料理長が、「自ら包丁を握り、お客様と直接触れ合いたい」という思いから【割烹
たくみ】をオープンしたのも、伴氏から学んだ「料理に対する貪欲さ」からだったのかもしれない。
命日には、当時共に切磋琢磨した仲間と集まり、伴氏の写真を置いて酒を囲むそうだ。多くの魅力をもち、料理にも弟子にも愛された伴氏の思いは、一流となった弟子たちによって受け継がれている。
撮影/永友 啓美 文/ヒトサラ編集部