Interview
料理の世界でアートを表現した【エル・ブリ】との出会い
料理のひとつひとつにコンセプトがあり、自分の思うことを料理で表現しているスペインの【エル・ブリ】。カタルーニャ地方にあるロザスという町にあり、三ツ星の世界ナンバーワンを5回獲得したことでも知られている。その店が一人の料理人に大きな影響を与えた。オーナーシェフ、フェラン・アドリア氏の本を見た瞬間、「これは現代アートだ」というカルチャーショックを受けたのは、【81(エイティーワン)】のオーナー、永島健志シェフ。彼はその独創的なスタイルに憧れると同時に、そこに料理人として目指すべきスタイルを見出だしたのである。
18歳で護衛艦の厨房に入り、イタリアン、フレンチ、スパニッシュと、さまざまなジャンルの料理を身につけた永島シェフには、30代で自分の店を出すという目標があった。最後の修業先を【エル・ブリ】に決めてスペインに渡った。半年間働き、「料理は自由で良いのだ」ということを学ぶ。
共に働くなかで、アドリア氏はよく「創造することは真似をしないこと」と口にした。料理に対する姿勢から、掃除ひとつ、食材の処理ひとつ、そのすべてが創造的になっているのだ。そこにはアドリア氏ならではの哲学があった。永島シェフは、常に挑戦と表現をし続ける姿勢が大切であることを実感すると同時に、自らも食の表現者になりたいと考えていた。料理を表現するということは、決して奇をてらった料理をつくるということではない。一つ一つの料理に持たせたコンセプトを、どんな食材でどのように形にしていくのかということなのである。それは自己表現を際立たせるための演出だともいえる。
少人数限定だからこそできる【81】のスタイル
美味しさだけではなく、ワクワクするような楽しさやドキドキするような面白さも加えたい。そんな思いで調理技術を駆使してつくる料理の数々。美しい盛り付けや、食材の意外な使い方などで設えた料理は、味わう人を感嘆させるが、永島シェフは、さらにもう一歩踏み込んだ「エンターテインメント性」を加えようとしていたのである。
【エル・ブリ】での経験を経て帰国し、準備を重ねて2年後に【81】をオープンした。店内全体をキッチンに見立て、その中でお客様に料理を提供するという、空間全体を料理として体感させる設定で組み立てたコース料理。ワインもすべて料理に合わせて決めたものがテーブルサイドに準備され、グラスが空くとスタッフが継ぎ足してくれる。打ちっぱなしの壁に、料理人の立つ正面に向けてセットアップされたテーブル。コンセプトや料理内容についての説明を行った後、目の前で料理をつくり、提供していくスタイルは、まるでショーを観ているかのようだ。
「ライブ感や、その時の気分を大切にし、空間も食事と一緒に楽しんでいただきたい」と永島シェフ。時に料理の仕上げに泡をのせたり、ポットに入ったコロッケが登場したりといった見ための驚きはありつつも、料理そのものは、基盤を大切にしっかりとつくりこまれている。そんな永島シェフのアイデンティティが詰まった料理は、それぞれに必ずテーマが決まっている。
テーマは「森」。独自のこだわりが生きている名物
『カルボナーラの再構築』
名古屋コーチンの上質な卵に出会ったことがきっかけでうまれた、『カルボナーラの再構築』。ローマで仕事をしていた頃、名物のカルボナーラをよくつくっていた永島シェフは、卵のおいしさを最大限に引き出す調理法はないかと考えた。けれども、一般的なカルボナーラでは自分らしさが表現できない。そこで永島シェフは、ジャンルの枠を取り外し、自身を表現する料理として欠かせないカルボナーラをつくろうと考えた。見ためにPOPで味わいに驚きと感動がある81独自のスタイルを追求して試行錯誤を重ね、生まれたのが『カルボナーラの再構築』だった。
テーマは「森」。鳥の巣をイメージした器の中には削ったペコリーノロマーノチーズとクリーム。その上に白トリュフのオイルと空気が注入された茹で卵が置かれている。スプーンを入れると中に入れた空気が反応して「パン」と弾け、白トリュフの香りが一面に広がる。流れ出す黄身を白身やチーズ、クリームと一緒によく混ぜ合わせていただく。カルボナーラをパスタと捉えるなら別物だが、卵料理と捉えれば、それに欠かせない食材がまんべんなく使われたこの料理は、まさに81流のカルボナーラと言える。
素材に対してはストレートかつシンプルに向き合い、コントラストをきかせながら、美味しさに演出というエッセンスを加えて昇華させたコース料理。東京の秘密基地に招かれた客のみが体感できる食のエンターテインメントショーは、そのうち国外で行われるようになるのかもしれない。
シェフの記憶に残るシェフ
~レストランで働く真の楽しさを教えてくれた支配人~
自衛隊の護衛艦の厨房に始まり、数軒のレストランで経験を重ねてと5年半の経験を重ねた永島シェフに、敢えてホールの仕事をさせることで、レストランで働くことの意義を教えた人物がいる。イタリアンの巨匠とされるサバティー二兄弟と25年間ともに働き、現在は代官山の【クオーレ・ディ・ローマ】というレストランで支配人を務める今泉
博氏だ。
ある人の紹介で【リストランテ・サバティーニ
青山】で働くこととなった永島シェフは、店で用意されている自分の服がホールスタッフ用の服だったことに驚いた。「料理人としての入店ではないのか」と問う永島シェフは、今泉氏から「すべてのスタッフがホールから始める」と言われ、従うこととした。ホールで接客をしながら、永島氏は、ホールでの仕事が店全体を見ることができると同時に、お客様と厨房をつなぐ大切な橋渡し役であることを知る。そして何より接客が楽しかった。ホールは「レストランとは何か」が最もよくわかる場所だったのだ。
この時の経験は、その後の永島シェフの料理人としての考え方に大きな影響を与えた。現在のショースタイルのおもてなしは、こうした経験から培われているに違いない。
撮影/関 尚道 文/ヒトサラ編集部