ランチを食べにきて終電で帰る。 【ヴィラ アイーダ】での一日。
以前まではテーブル4つを配した16席のレストランだったが、料理とゲストへの向き合い方を考えるなかで1日1テーブルのみのスタイルに変えた
――お店の周りが広大な畑に囲まれ、ちょっと都会にはないロケーションが圧巻ですね。ここは小林シェフが生まれ育った地だとお聞きしました。
もともと実家が稲作をやっていた場所です。イタリアから帰国するときは大阪など都心でいったん働いてからゆくゆくは地元で、と考えてましたが、当時は自分が思い描くような環境がなかったのかな。ビルのテナントはいやで……小規模でもいいから、ハーブを育てながら、お店がやりたいと思っていたので、「なら、地元でやるか」という気持ちになりました。敷地の一角、ハーブを植えた小さな畑をつくってレストランを始めたんですが、今みたいな本格的な野菜をつくろうとは思っていなかったですね。
――フィレンツェの自然豊かな郊外店でのご経験が、いまの【ヴィラ アイーダ】へとつながっているのでしょうか?
そうですね。たとえば、ナポリで働いていたときはそこに農場があって、夏になると一年分のトマトソースを自分たちで仕込んで保存しておくんですね。ハーブやオレガノ、バジルも自家製。すべて収穫できるときに採って、一年間使うのが当たり前だった。畑で野菜を育て始めたのはオープン3年目くらいからかな。いろいろ考えて、都会では当たり前の輸入食材はいっさいやめて、自家製の野菜をふんだんに使った料理へ。内装もそれに合わせて、農家レストランへと改装したんです。
「美味しそうに食べてワインを飲んでもらってるのを見ると、つくる方もノってきますよね」と小林シェフ
――扉を開けるとゆったりとしたソファ席、その奥には大きな天然木のテーブルがひとつ。まるでシェフのお家にお邪魔したような、とても居心地のよい空間ですね。
ような、というか本当にお邪魔してるんです。この上に住んでいますから(笑)。ゲストはここ(ソファ)に座って、まず食前酒で乾杯を。ちょこちょことフィンガーフードを楽しんで、ひと息ついたら奥のテーブルに移動して、さぁ食事を始めましょうというスタイルですね。気ごころ知れた方が来られたときは、僕も一緒に飲んだり食べたりしながら「じゃ、そろそろ次つくりますか?」と(笑)。
――「一日、【ヴィラ アイーダ】で過ごす」、そんな思いで足を運ばれるのでしょうね。
そんなふうに思っていただけるとうれしいかな。うん、それが僕のやりたかったことだから。たとえば昼12時に来て、ランチを食べ終わって3時くらい。そこからもうちょっと飲もうかと、ゆるゆるとワインをあける。そうこうしているうちに「お腹空いてきたから、ちょっとパスタつくってよ」と。いつのまにかディナーになって、あっもうそろそろ暗いし終電だから帰らなきゃ!って。そんなゲストもいますよ。
昼は自然光で十分明るく、室内にいるのに、どことなく外の空気や香りを感じられる気持ちのいい空間に、テーブルを置く
――2019年から「1日1テーブル」のみ。なにかきっかけがあったのでしょうか?
理由はたくさんありましたが、大きいところでいうと、料理が自分一人じゃないと完成しないんですね、毎日メニューが変わるから。スタッフがいるときも、当日になって僕がガラッと変えちゃうってことが多々あった。スローライフをイメージして料理の経験なしに憧れだけで門を叩く子もいたんですよ。実際働いてみるとまったくゆっくりではなくて。ほんと、毎日忙しくてこちらも教えている余裕がないだったら自分が落ち着いてやれる環境にしよう、できる範囲でいいじゃないか、と。畑とレストランを両立するためにも、一人のほうがいいかなって。けっか、以前よりお客さんとの時間をゆっくり持てるようになったのはよかったですね。
決まったメニューはない。畑で、料理を決める
レストランの周りにある畑。早積みのズッキーニをその場でもいで、食べさせてもらったが、調味料なしでも十分すぎるほどにおいしく、野菜の味が凝縮されていた
――150種類以上の野菜やハーブを育てているとお聞きしました。
品種はたぶん、年間を通したら300近くあると思いますよ。たとえばフェンネルだったらほんの小さなマイクロの時期から使い始めて、株、葉っぱ、花になって種になるところまで使い切る。収穫は、毎朝5時からマダムが2時間くらいかけてやってくれています。僕は8時頃から仕込みを始めます。足りないものがあれば自分で畑に採りに行って、ランチの予約が入っていればその後に畑の手入れ、日が暮れたら翌日の仕込み。1日1テーブルにしてからは、週に3日くらい「畑の日」って決めてとことん作業できるようにしました。そうしたら、「畑をさわりたいのに予約が入ってさわれない」というような日々のストレスは少なくなりましたね。
――メニューはなく、その日限りの『和歌山風味』というコースを供されています。
春は豆類が旬ですが、そこからズッキーニなど夏野菜にシフトしていきます。最初は生で、日が経つにつれてしっかり炒めたり揚げたりと、加熱方法もバリエーションをつけます。季節ごと、食材ごとにこれを繰り返していく感じですね。コース8品ほどのうち、半分くらいの野菜は結構長く収穫できるスタンダードなもの。ですが、たとえば「今朝、ズッキーニのちっちゃいのが採れた!」となると、じゃあこっちを料理で出したいと思うんですよ。メニューもそこから考え始める。来店の10分くらい前にメニューが完成して、プリントアウト。ギリギリ(笑)。
『和歌山風味』と題したコース。都会にいるとわからなくなる、季節に即した食材や味わいをてらわず楽しんでほしいという思いがうかがえる
――10分前! 直前まで考えるんですね。
じつはいまこの瞬間もまだ、この取材のメニューどうしようかなって考えてます(笑)。数種類の豆をね、すごく早採りしたんですよ。市場には絶対出回らないものを味わってほしくて。自分たちの思うようなサイズで収穫できることは強みですね。なにかの新芽が顔を出したら「これを添えてみたらどうだろう?」とか、新たな組み合わせを探し続けている。年に何度も足を運んでくれるお客さんもいますからね。季節感も大切にしながら、つねにハッとするものを食べてもらいたい。「今までにない組み合わせでおいしい」っていうのがめざすところかな。
――その結果か、シェフの料理に「体が浄化される」という感想をよく耳にします。
「元気になった」とか「癒やされた」とか言っていただけるのはうれしいですよね。なかなか都会では採れないような野菜を使った料理を、おいしそうに食べてワインも気持ちよく飲んで……そんなようすを見るとこちらも幸せな気持ちになります。季節のものを食べるというのが、本来人間の体が欲していること、なによりふつうのことなんだと思います。
『涙豆』。バスク地方で親しまれている豆料理を、ツタンカーメンやスナップえんどうなど計4種の品種で。豆本来のみずみずしさと、レモンが香るオリーブオイルで仕上げたピューレのなめらかな食感にワインがすすむ。
――さきほどの『和歌山風味』に込めた思い、シェフが日々感じるこの土地の魅力はなんでしょうか?
和歌山は柑橘が多くてなんでも揃う。一年中フルーツがあるし野菜もあるし、魚もね。雪も降らないし、非常に恵まれていると思っています。夏の暑さは大変ですが……。コースのなかにもフルーツ、とくに僕自身が好きな柑橘は惜しみなく使っていますね。やっぱりその土地ならではの強みというか、魅力を大切にしたほうがいいと思うんですよ。僕もよく旅をしますが、旅先ではそこのものを味わいたいじゃないですか。東京でも食べられる大間のマグロを、わざわざ鹿児島で食べたくはないですよね。
【ヴィラ アイーダ】が示した地方レストランの可能性
その場でお願いした「柑橘を使った料理をつくってほしい」というオーダーにも、即座にメニューを決めて料理をつくりはじめてくれた
――それから、2021年度『アジアのベストレストン50』で100位内入賞、おめでとうございます。
ありがとうございます。すごくうれしいですよ。20年やってきて、ようやく地方に光が当たった。いままで都心のレストランが中心だったのが、和歌山の田舎で、夫婦二人でやってるレストランが入ったわけですから。誰にでもチャンスはあるってことです。
――1998年「リストランテ アイーダ」として開業、2007年に改装して「ヴィラ アイーダ」へ。さまざまな転機を経て、今後やりたいこともありますか?
ここを拠点にして、今後は自分が外に出ていくことを増やしたいと思っています。シェフ同士のコラボや海外も視野にいれつつ、「行った先にあるもの」で料理ができるからそれを生かしていきたいですね。とくに地方の食材については、20年という経験値とそこから得たスキルが生む説得力はあると思っています。いろいろな土地で、初めての食材や人に出会えば、いろいろ勉強もできますしね。まだまだ知らないことはいっぱいだし、楽しみながら吸収したい。
『河内晩柑 サザエ 花ズッキーニ 独活 コリアンダー、山椒』。ズッキーニの花をカラッと揚げて、自家製の乾燥パセリパウダーをひとふり。サザエの肝を贅沢に使ったコクのあるソースは独活(ウド)、木の芽、フレッシュな柑橘(河内晩柑)で仕上げる
――最後に、今後【ヴィラ アイーダ】としてどんな存在であり続けたいですか?
地方をリードしていけたらいいですね。いまの若いシェフたち、すごくがんばっていますから。ゆるぎない方向性を示したいというのかな、【ヴィラ
アイーダ】として地方のレストランの「ひとつのモデルをつくりたい」と願っています。
撮影/西尾 温 取材・文/外園 佳代子 2021.4.26 取材