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タイラー・バージズ 氏タイラー・バージズ 氏タイラー・バージズ 氏
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太陽と海が育んだゆったりとした時間
「薪火料理」スモークドア

【SMOKE DOOR】タイラー・バージズアメリカ料理

トップシェフを招いて行なう屋外ダイニングイベント、「DINING OUT」。2019年に石川県・輪島で行なわれたイベントで、カリフォルニアの三つ星【Saison(セゾン)】のジョシュア・スキーンズ氏に会ったとき「日本にすっかり惚れ込んで、日本に移住したい、と言っているスタッフがいるんだ」と話してくれた。よくある社交辞令だと思っていたが、当時【Saison】のエグゼクティブスーシェフだった、タイラー・バージズは本気だった。知っていた日本語はごくわずかな単語だけだったが、「素晴らしい食材や文化に魅せられて」2020年に日本に移住、2022年春に、念願の薪火レストラン【SMOKE DOOR】を横浜にオープン。ここから今、表現したい料理とは。

Interview

カリフォルニアの太陽と海が育んだ
ゆったりとした時間の流れ

カリフォルニアの明るい空気感が漂う、緑に囲まれた店内。ソファシートもあり、家族連れも気軽に楽しめる。

――スタイリッシュでありながらも温かみのある店内、オープンキッチンから薪のスモーキーな香りがして、どこかホッとする空気が漂っていますね。

何年経っても色あせない、来た人が気軽に私やスタッフに話しかけたりできるような、そんな店を心がけています。ここに来たときだけは、毎日の忙しさを忘れて「急がなくていい」贅沢を味わって欲しい。それは料理も同じで、どれも時間をかけて、一からつくっているのが特徴です。薪火料理なのですが、直接火に食材を乗せるのではなく、火の燃えさしを使っています。そうすることで、料理によりクリーンでナチュラルな味を加えることができるのです。

――このスモークドアで大切にしていることはどんなことですか?

私が好きなのはサステナブルであるということ。食材を可能な限り、店から50キロ以内から調達しようとしています。そして食材を使うときは、可能な限り、その食材を全部使い切るようにしています。アスパラガスの皮をむいたら、捨ててしまったりコンポストにするのではなく、それからソースをつくったり、食材の全部を利用するのです。

故郷カリフォルニアの味、『アボカドトースト』は、たまり醤油と焦がしバターでつくったソースを染み込ませて。

――元々、サステナブルの先進地、カリフォルニアご出身とか。

はい、南部のサンディエゴの出身です。海沿いに住んでいて、子どもの頃から海が遊び場。サーフィンで有名なエリアで、幼い頃からサーフィンをしていました。15歳で料理の世界に入ったのも、毎日サーフィンにいくのに必要なものや、ガソリン代を払うためのお金を稼ぐため。最初はサービススタッフとして働いていましたが、すぐに厨房の仕事に魅了されました。とてもユニークでクールだと思ったからです。母は、パスタをつくるなら、ソースを買ってきて茹でたパスタにかける、といった感じで、あまり手のこんだ料理をつくりませんでしたから、一から料理をつくるという面白さに魅せられたのです。そこで、18歳から厨房で働き始めました。高校を卒業後、ビジネススクールに通いましたが、本当にやりたいことはレストランで働くことだと感じて、ビジネススクールをやめ、料理学校にいくことにしました。

――実際に料理人としての本格的なスタートはいつだったのですか?

21歳の時です。カリフォルニアの三つ星で、クリストファー・コストー氏率いる、レストラン【Meadowood(ミードウッド)】で働き始めました。それから32歳で日本に渡るまで、ミシュランの星つき店でしか働いていません。

ですから、ここ【SMOKE DOOR】では、これらの偉大なシェフから学んだすべてのことを、いわゆるカジュアルだと言われる料理にどう落とし込むかをテーマにしています。同じ技術を使いながらも、もっと手が届きやすく、もっとカジュアルな雰囲気の場所で食べられるようにしたいと思っています。

背中にさしたうちわからも伝わる日本愛。日本語も勉強中で、最近覚えたお気に入りの日本語は「恐縮です」。

――日本との出会いはいつだったのですか?

初めて日本を訪れたのは、12年前のこと。2週間の休暇をとって、カリフォルニアから出て、世界のどこか他の場所を経験したいと思っていたのです。その旅で、私は日本の文化、人々、そして主に食べ物が大好きになって、「いつの日か日本に戻って住む」といつもみんなに言っていました。でも、誰も私を信じてくれませんでした。日本に引っ越すというのは、特に日本語がわからない場合は本当に難しいことだからです。夢が形になる転機になったのが、2019年に行われたイベント「DINING OUT」です。

――「DINING OUT」はコラボレーションスタイルのポップアップディナーで、場所は毎回変わるのですが、いらっしゃった回は輪島の田んぼの真ん中でしたね。【Saison】と、東京のイノベーティブフレンチ【AZUR et MASA UEKI】の植木将仁氏のコラボレーションでした。

街からとても遠かったことを覚えています。お互いにコースをつくって、交互に料理を出していくスタイルでした。屋外の田んぼに薪焼きのグリルを設置して、異なった文化背景の日本の人たちと料理をするというのは、カルチャーショックでもあり、とてもユニークで素晴らしかった。それに、カリフォルニアでも素晴らしい農産物に触れていましたが、「DINING OUT」のスタッフに必要な材料のリストを渡して、その受け取った食材の質に感動したのです。素晴らしいさまざまな柑橘や、目の前で活け締めされるイカ。ここに住みたい、と強烈に思ったのです。

そして、素晴らしいことに、このイベントを通して、【AZUR et MASA UEKI】のプロデューサーで現BOND CREATION代表の雨宮龍さんに会ったのです。雨宮さんに、日本への思いを伝えると、一緒にレストランをオープンしよう、とトントン拍子に話がまとまりました。

ずっと昔から、私は常に薪をベースにしたレストランを開きたいと思っていたのですが「DINING OUT」のイベントで、私が持っていたアイデアをどうやったら日本で、ありきたりではない形でできるのかというアドバイスをもらいました。

時間をかけて焼き上げるカリフラワー。火の強さや火との距離で火入れの時間は変わるため、少しずつ調整を。

――ここ横浜の地に店を構えて、それが実際の料理になっているわけですね。

2022年4月のオープン以来、毎日ここで、日本の食材を使って、カリフォルニアらしいアプローチを取るにはどうしたら良いのだろうと考えて、地元のワカメや、他の食材を使った自分らしい料理をつくっていますし、今のところそれはうまくいっています。また、この場所もとても気に入っています。本当は別の場所を探していたのですが、横浜駅から近いですし、大勢の人がここを通ります。中でも若い人が多いので、良いエネルギーがあると感じて、この場所に決めました。実際に、ここ横浜では近隣から素晴らしい食材が手に入る。海産物や野菜、卵、横浜では和牛も育てられている。自分の初めての店を日本にオープンする夢が叶ったのは感動的です。

三つ星仕込みの「信念」

「誰にでも手の届くファインダイニング」の考えの根底には、「良い食をより多くの人に」という思いがある。

――これまでのファインダイニング の経験で学ばれた、一番大きなことはなんでしょう?

これまでに学んだのは、品質に対する最大限のこだわりだけだと思います。それが正しくない場合は、やり直さなければならず、もう一度作成する必要があります。そういった細部に至るこだわりだと思います。

例えばソースの仕事なら、レシピを読むと、材料を全部入れるように書いてあるかもしれません。でも、あなたが本当につくろうと考えるなら、最初に何をするべきで、どれくらいの時間調理して、次に何を追加するか、という具体的な動きを考える必要があります。薪火の仕事は、非常に直感的です。ご存じのように、普通のオーブンは華氏300度(摂氏572度)にならないですから。だから、感じて、見て、そういった面をすべてに当てはめるということが、一番大切なのだと思います。

――念願の薪火の店。その可能性をさまざまに追求されていらっしゃいますね。

ずっと使いたかった薪火ですが、今の使い方に関しては、私は【Saison】のエグゼクティブスーシェフだった、29歳の時に習ったもので、もうこの方法を続けて6年になります。他の場所でも薪火を使用していましたが、これと全く同じ方法ではありませんでした。ジョシュア(スキーンズシェフ)のやり方は、燃えさしだけを使うのではでなく、カリフラワーは、3日間炉の上に吊るしておきますし、ワカメはバスケットに入れて火の上で乾かしたりと、囲炉裏全体を利用するのです。薪火の多様な使い方、その可能性はまさに目から鱗でした。

高級レストランで働くと、当然ながら、廃棄物がたくさん出ます。でもここでは幸運なことに、食材の高価で良い部分を使った残りの部分は、この厨房や、宴会用の厨房で使い切ることができます。

存在感抜群の『24時間炙ったカリフラワーの薪焼き』。自家製バターと薫香がカリフラワーの旨みを強調する。

――ここで一番難しいこと、困難な点はなんでしょうか?

一番難しいのは日本語がわからないことです。

基本的に穏やかな性格なので、私は怒鳴り声を発したりするのが好きなシェフではありませんが、そもそも英語を話す人もあまりいないので、私が怒ったとしても、状況はよくなりません(笑)。だからただ冷静になるしかありません。落ち着いて、さあ、これを解決しましょう、と最善のコミュニケーションを試みるようにしています。

それにそもそも、私はありえないほどラッキーだと思います。ここのスタッフは素晴らしいです。一緒に働いているみんなは、レストランをオープンするために一生懸命働いてくれましたし、私がこの場所全体をつくり上げるのを助けてくれています。ここのスタッフ全員が私のもとで働いてくれることに対して、私はとても運が良いと思います。そして今のところ、すべてがとてもうまくいっています。

「家のよう」に時間をかけた料理と
リラックスして過ごすひととき

「ワカメ生産者の方が食事に来てくれた」と、バージェス氏。生産者との交流も、創造の源だ。

――ここで表現する「自分らしさ」をどんな風に捉えていますか?

【Saison】ともまた違う、ユニークな料理ができていると思いますが、私の料理は時間のかかる料理です。一つの料理をつくるのに4日かかることもあります。実際に仕事をする時間が丸4日かかるわけではありませんが、常に状態を気にかけておく必要がありますし、正しく仕事をして、時間を管理し、待つ忍耐力が必要です。

いつも大切にしているのは「良いことには時間がかかる」という考え方です。何かを急いでつくったら、平凡なものしか提供できません。でも、時間をかけて正しく行えば、特別でユニークなものを提供できるのです。

そして、それがいかにユニークで特別なものであるかを本当に理解し、人々に伝えることもできます。例えばバターは、つくるのに1週間以上かかりますが、そうしてつくったものは本当においしいのです。

とんぶりにキャビアを思わせる香りを加えるために活躍するのが海藻。昆布バターや乾燥したワカメを使う。

――そんな時間の過ごし方は、自然に寄り添う暮らしをしてきたカリフォルニアでの子ども時代とも重なりますね。

私の心は、今もサーフィン好きの子どものままで、考えているのはとてもシンプルなこと。私はただ良いものをつくる、という、良いことをしたいだけなのです。そしてゲストを中心にみんなで楽しみ、良い時間を過ごしてもらいたい。それは、スタッフも同じこと。仕事をしている間、楽しい時間を過ごせないなんてことはありません。そして、毎日何時間もレストランにいるのですから、人生を楽しむべきです。そして、私は自分の人生を絶対に楽しんでいます。私は自分が好きなことをしていて、自分がつくったレストランで毎日働けている、夢がかなっている。本当に感動的なことです。

この場所にいるみんなが、なるべくリラックスして楽しめる場所にしたいと思っています。レストランに足を踏み入れた時に、家にいるようにくつろいで欲しい。早く食べなければならないとか、急いで注文しなければならないとかいう、プレッシャーを感じてもらいたくありません。ログハウスや私の家に足を踏み入れたような気分になって、オープンキッチンですから、私に話しかけてくれてもいい。まあ、私はまだ日本語を話せませんから、少し難しい場合もあるかもしれませんが、とにかくリラックスして欲しいのです。調理の様子を見たいなら、自由に席を立って見に来てほしい。それがこのレストランの体験の一部ですし、だからこそオープンキッチンにしているのですから。

ここから広がる「サステナブル」な未来

地域とともに育つ「ファイン」(上質)な食の形。バージェス氏は、コミュニケーションが生まれる場づくりを大切にしている。

将来は、アメリカに、どこかの時点でレストランを持ちたいと思っています。そして、日本に、もっと私たちのレストランを増やしたいです。今、私たちはそれにむけて働いていると思います。日本に残りたいですし、アメリカに戻る予定はありません。

どこにレストランをつくるにしても、私は薪火が大好きなので、この【SMOKE DOOR】と全く同じではなくても、おそらく薪火を使ったものになるでしょう。

店をつくるにあたっては、私はその地域の固有性を活かすべきであると思います。ですので、食材もできるかぎり地元から調達することになるでしょう。日本には地域ごとに固有の文化があり、例えば京都と大阪、大阪と東京は全く違います。私たちが何をするにしても、持続可能性を維持したいと考えていますし、その地域から食材を調達し、可能な限りコミュニティに還元したいと考えています。

扱い次第で、200〜1200度に変化する薪火。一見シンプルなローストチキンだからこそ、その技が際立つ。

この【SMOKE DOOR】はまだ去年オープンしたばかりで、たくさんのことが行えているわけではありませんが、地域の還元という意味で行ったこととしては、ひとり親の子どもたちを店に連れてきて、3〜4品の料理のつくり方を教えたりしました。参加した子どもたちが、居場所があると感じたり、料理やレストランに関する仕事が好きになってくれたらうれしいですね。そのほか、地域に還元するものは、できる限り参加したいと思っています。コミュニティを構築し、コミュニティを結び付ける。その地域が良い状況になるように、地元の人と一緒に努力し続けることは、ある意味一番のサステナブルだと思うのです。

撮影 / 今井 裕治 取材・文 / 仲山 今日子 2023.2.2

味わいたい至極の逸品

『48時間調理したチキンの薪焼き』

主役級のローストチキンは、鶏肉を塩水につけてから冷燻、1日かけて皮を乾かしてからグリルで焼き上げるという手間のかかったもの。焼き上がったばかりのカリカリの皮とジューシーな肉を楽しんでから、東南アジア風の焼鳥、サテソースをイメージした特製のスパイスソースにつけて味変を。15種類のスパイスを使った奥行きのある味わいは、ビールとも相性が良さそう。丸鶏なので、2人以上でシェアして食べるのがオススメ。

タイラー・バージズ

1988年アメリカ生まれ。料理学校・CIAを卒業。アメリカにある複数のミシュラン星付きレストランで腕を振るい、熾火調理のパイオニア的存在に。サンフランシスコの【Saison】ではエグゼクティブスーシェフを務め、2009年に三つ星を獲得。さらに姉妹店【Angler】ビバリーヒルズ店のシェフを兼任。料理イベントで来日した際に日本の食材や文化に魅了され2020年に移住を決意。2022年【SMOKE DOOR】のエグゼクティブシェフに就任。
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